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「うるう」追記③もし8歳のマジルと友達になったら

「うるう」追記②の続きです。

(※前置きが長いです。読み飛ばしたい方は「続きを読む」をクリックして下さい。)

「うるう」を観終わった後、この作品をどう解釈したらいいかで随分悩みました。
これは観客の見方によって、何を求めるかによって全く違うストーリーになる作品なので。

暗号を読み解くような方法は性に合わないし、一つの論理だけで全て説明しようとしても、どうしてもそれでは掬い取れないことがいくつか出てくる。ひょっとしたら余っているそれこそが重要かもしれないのに、それを無視してこの論理は正しいんだ!と言い張る気にはなれない。「うるう」を観た後すぐにアンケートに書いたぐだぐだの文章の方がかえって的を射ていたかもしれない、という気もしました。

色々考えた末私が取ったのは、デジタルではなくアナログな方法でした。できるだけノイズを掬い取れるよう、あまり一つのことに囚われず作品を全体的に捉える。こじつけや偏り、決めつけのないように書くことを心がける。観た時に感じた引っ掛かりを無視せず、それが言葉になるまで待つ。登場人物が何を考え、行動したかを自分の意見は保留してじっくり考える。分からないものを無理やり言葉にしない。それで上手くいったかは微妙ですけど、とりあえず書き終えて満足することはできました。

私は小林賢太郎本人でもなければ知り合いでもなく、超能力者でもないので、彼の伝えたいことを100パーセント正確に理解できるとは思っていません。何割か理解できていれば上出来、ぐらいに考えています。(人気商売は客に自分こそが一番の彼(彼女)の理解者だと錯覚させてナンボだとは思うけど、客が錯覚し過ぎて距離感を掴めなくなるのは危険だと思う。)。もちろん、理解しようと努力はしますけどね。私はこのブログに個人的な考え、感想を書いているだけです。それがどんな内容でも、出来上がった記事が私なりの「うるう」であることに変わりはありません。DVD化はないということなので、こういう形で残すことができてよかったと思っています。


それでは本題へ。ネタバレしてます。

賢太郎さんは「うるう」をマジルと別れたままの結末にすることも、8歳のマジルと友達になる結末にすることもできたと思いますが、時間をおいてから友達になるという結末にしました。まちぼうけとカノンの合奏、同じ48歳という発想から結末を作り始めたからあの結末になったのではないかと私は推測しているのですが、それで正解だったのではないでしょうか。二人は一度離れる必要があったと思うのです。
最短の道を直行することが必ずしもいいことだとは限りません。回り道をした人にしか見えないものはあると思います。

クラスメイト達がマジルが森に行っていることに気付かず、このまま二人が何となく友達になったと仮定します。8歳のマジルでは厳しいことをヨイチには言えないでしょう。それにまだ自我の未熟な彼ではヨイチの抱える虚ろを受け止めきれないでしょう。マジル自身も虚ろを抱えていますので、彼には荷が重過ぎます。

ずっと自分を肯定できずに生きてきたヨイチには、他人のことをちゃんと考える余裕なんてありません。だから、コヨミさんに対してやっていたような自分の理想を投影するような接し方をマジルにもしてしまうでしょう。
欠落を埋め合いお互いがお互いを逃げ場にするようになれば、他者の介在のない二人だけの閉じた世界に入ってしまいます。それでは二人とも成長できません。それに、二人だけの世界も長くは続かないと思います。マジルが思春期に入れば何も変わらないヨイチよりも外の社会の方に関心が向いて、ヨイチから離れてしまう気がします。そうなればきっと、ヨイチはマジルとの別れに耐えることができないでしょう。

ヨイチはマジルを失ったまま長い時間を一人で生き、マジルが自分にとってどれだけ大切かを思い知る必要があったし、マジルは自分に足りないものを自覚し、現実社会の中で自分を出していく努力をする必要があったと思います。

劣等感と不安に苛まれ、身動きが取れなくなっていたヨイチにとって、一歩前に踏み出すことはとても精神力を必要とすることだったと想像します。0から1にするのは、1から10にするよりもずっと大変なのです。

客観的に見れば、ヨイチには自信を持つための根拠にできることがいくらでもあるんですけどね。植物を育てたり掛け合わせたりするのが得意。一つの職場に長くは居られなかったけれど、社会人として働けるだけの能力は持っている。人の4倍の時間勉強したので勉強ができる、他の人達の知らないような古い出来事を覚えている。親やクレソン先生に愛されていた。余っている人の気持ちが分かる。森の中で工夫して生活を豊かにしていくことができる…。人から指摘されない限り、なかなか自分で気付くのは難しいですが。

マジルがヨイチのことをずっと忘れないでいてくれたこと。ヨイチのためだけに弾いてくれた「カノン」。それらはヨイチが自信を取り戻し、自分を突き動かす大きな力になったと思います。

ヨイチが一度マジルと別れて40年後に再会すれば、短くて10年20年、長くても50年くらいしか一緒にいられません。過ぎ去った時間は二度と戻らないのです。失われた時間を悔やむより、今自分がマジルに対して何をしてやれるか、マジルから何を受け取れるか、どこまで関係を深め、広げていけるかを考え、行動する。再び失う日が確実に来るのだから、無駄にしていい時間など一秒たりともない。そう思えば、マジルと真剣に向き合えるはずです。

同じ思い出を共有する二人が他者同士として再会し、新たな関係を築き、成長していく。私はそこに希望を見出しています。

最後に、幻の生命体マカについて。
この奇妙な動物は夢や幻想を象徴しているのではないかと思いました。
どんなに素晴らしくても心地よくても所詮夢は夢です。その手に捕まえることのできない、実体のないもの。
だからヨイチには捕まえることができなかったのでしょう。
夢が逃げて現実がやって来た。マカを使ってそういうことを表現したのではないか、と思いました。