QLOOKアクセス解析

ミッション

一昨日西鉄ホールにイキウメの[ミッション」を観に行ってきました。
正直あまり期待しないで足を運んだのですが、予想を見事に裏切られました。
こういう裏切りは本当に嬉しい。
以下、ネタバレ。かなり長いです。

舞台には黒い板が何枚か傾斜をつけて配置され、空間を仕切る金属のポール数本の位置と数点の家具の位置を変えるだけで場面が転換していきます。それが非常にスムーズで、しかも登場人物が今何処に居るのか、なんの苦労も無く分かってしまう(二つの場面が同時に進行していても)。これは凄いことなんじゃないかと思いました。

家庭内の面倒な事は全て妻に丸投げし、家族と向き合おうとしない父親。
夫の言う事に唯々諾々と従う母親。
家業を継ぐ気もなくフラフラしている兄。
兄に代わり両親の期待を一身に受け、いい会社でバリバリ働く主人公。


入院している主人公の見舞いに叔父が訪れたことから、今まで辛うじて均衡を保っていたものがだんだん崩れていきます。

主人公は自分を今回のプロジェクトになくてはならない存在と信じ、一生懸命働いていましたが、彼の入院中も特に問題なくプロジェクトは進んでいき、退院後の会社に彼の居場所はなくなっていました。自信を喪失した主人公は、専業主夫をしながらボランティア活動をしている叔父にだんだん惹かれていきます。

叔父のしているボランティア活動は、"呼びかけ"に従って世界を救うという使命を若い男女二人に与え、実践させるという怪しげなものです。呼びかけというのは衝動のことです。何の意味も理由もないことです。彼は呼びかけに従うことで自主的に世界と繋がろうとしているのだと思います。

成果があるのか分からないことを大真面目に信じている叔父を父親は毛嫌いしています。
当然父親は自分の息子が弟(叔父)に感化されていくこともよく思っていないので、自分の代わりに母親に叔父の所に注意しに行かせます(この辺がやけにリアルだった。)。しかしそれは糠に釘、暖簾に腕押し。主人公はますます叔父に傾倒していきます。

叔父のやっていることは、効率を何よりも重視する父親から見れば完全に「無駄なこと」です。叔父がみんなにおやすみを言うことで世界が本当に救われているのかは誰にも分かりません。しかし、効率ばかりではあまりにもこの世界は味気ない。家事の合間に一息ついてボーッとすることや、思い付きで今しなくてもいいことをすることだって必要なことだと思います。

でも、衝動に従って行動するだけでは動物と一緒だと、この脚本を書いた前川さんは登場人物に言わせています(誰が言ったかは忘れた)。効率もまた同じくらい大事なことなんですよね。なければ世の中が正常に動きませんから。社会というものを背中にくっ付けて偉そうに物を言う父親にも、無駄を排除し徹底的に効率を良くすることで工場を立て直し、守ってきたという彼なりの信念があります。どちらかだけを一方的に持ち上げたり批判したりしない偏りのない視点がいいと思いました。

このように何の意味もないことのように思われる「呼びかけ」ですが、ある事件をきっかけに誰が見ても意味のあることに変わってしまいます。叔父の弟子である少年が、師匠と呼ばれるホームレスの男性を守ろうとして酒屋の若者を衝動的に傘で刺してしまったのです。少年は自分のしたことを呼びかけに従ったと正当化します。

彼は相手のことも、刺した後で自分が負うことになる責任も無視しています。挙句の果てに世界のためには犠牲が必要と言い始めたのにはゾッとさせられました。ニートの彼は呼び掛けの活動を始めることでようやく自分の居場所を見つけ、のめり込み過ぎてしまったのだろうと、嵐の中で狂ったように泣き叫ぶ彼を見ていて思いました。師匠が馬鹿にされ、暴行を受けているのを見て、自分の信じているものを穢されたような気がしたのかもしれません。でも、衝動は止めることができるものだし、たとえ止められず行動に移してしまったとしても、それを正当化するのはやはりおかしい。

この作品では「責任」も大きなテーマになっていると思います。

自分がおやすみを言わなかったせいで自分の母親は死んだのではないかと責任を感じる叔父。彼は世界に対してそこまで責任を感じる必要があるか?というところにまで責任を感じています。

主人公は、自分が病院の窓から手を振るのを見たのが原因で交通事故に遭った女性に対して、最初は関係ないという態度を取り続けます。しかし、やがて責任を感じてしばしば見舞いに行くようになり、彼女から何故運転中に病院の窓を見たのかを打ち明けられた時、ようやく素直に謝ることができるようになりました。

ついでに書くと、家族の家庭での役割を勝手に決め付け、押し付ける父親、父親に脳みそを預けっぱなしの母親、弟にコンプレックスを感じ、将来のことを考えず、何一つ自分から始めようとしない兄(俺だってフラフラしたっていいじゃないかみたいなことを主人公に言い返されてるのを観て、思わず「だよねー。」と心の中で頷いてしまった。)。彼らも無責任だと思う。

彼らの間には歪みがあります。その歪みの原因は意思の疎通が上手くいっていないことに尽きると思います。
父親は言わなくても分かってくれているだろうと思っているし、子供達や母親や叔父は言っても分からないだろうと思っている。
家の中に常にある息苦しさ。

こんな家族いっそ壊れてしまった方がいいんじゃないかと思っていたら、少年の傷害事件をきっかけに本当に壊れてしまいました。
その後、台風で杉の木が倒れてきて家自体も壊れました。
ああ、スッキリ。

一度バラバラになった家族は、再び絶妙なバランスで配置されます。
家族の状態を小道具のルービックキューブに象徴させる所が綺麗だし巧い。

兄は父の跡を継ぐため旋盤を学ぶことを決意。
主人公は根っこの浅い杉の木を整備する仕事をするという夢を持ちます。
自分が本当にやりたいことを見つけた彼等はこれまでで一番輝いていると思いました。二人とも最初の頃とは表情が違ったもんね。

冒頭からちょくちょくストーリーに絡んできたことが最終的には主人公のやりたいことに繋がったのに興奮を伴った感動を覚えました。会場の温度が一気に下がったように思われた寒くて暗い中盤とは真逆の暖かくて明るいラストです。

この作品最大の謎はなぜあの叔父に美人でよくできた奥さんがいるのかということです。どうやって知り合ったんだろう。

興味を持っていることやシンプルな舞台装置と小道具だけで工夫を凝らして最大限の表現をする所が前川知大さんは小林賢太郎さんと似ていると思いました。戯曲「太陽」も読みましたが、架空の世界が想像力豊かに書かれていてよかったです。憎み合いながらもどうしようもなく惹かれ合う二つの種族。異なる環境に生まれた二人に芽生える友情。実に私好みです。キュリオだけの地域四国が最近政権交代した某社会主義国家っぽいことに妙に説得力を感じました。これ舞台で上演されたのを観たらもっと面白いんだろうなあ。