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小林賢太郎テレビ4

小林賢太郎テレビ4、台風で電波が乱れたり、停電になったりして受信できなかった地域もあったようですが、ご覧になりましたか?

1〜3までのポツネンのテレビバージョンみたいな雰囲気は一掃され、小林賢太郎によるコント番組になっていましたね。今までのポツネンぽさが好きな人には物足りないかもしれませんが、私的にはこれはこれでアリです。やっぱり賢太郎さんは一人っきりよりも、誰かと一緒にコントをやっている方が断然いい。楽しそうだもの。

NHKとの仕事もこなれてきたのか、全体的にNHKの良さと賢太郎さんの良さが上手く絡み合っていて良かったと思います。
今回はセットが今までで一番凝っています。映像も綺麗。これでドラマを撮っても何の違和感もないくらいよくできていました。それから、賢太郎さんのナレーションが聴けるのもポイントが高いです。


「祭りの前」
「祭りの跡」

肌天狗祭りの打ち合わせをする3人と祀られる肌天狗(12歳)。

肌天狗可愛過ぎる…(´∀`*)

予告でちらっと映った時には、特に可愛いとは思わなかったのになあ。
喋り方が「斜めの日」の仁さん。或いは室岡さんっぽい。小憎たらしさと可愛さの塩梅が絶妙です。
あのふにふにした長い鼻が、人にぶつかってぶらぶら揺れたり、耳や徳利に入ったり、襖の間からにゅっと突き出たりするのを観ているだけで笑っちゃう。

風神雷神宛のメールもいいですね。そいやっさあ!!天狗は河童と並ぶ日本の代表的な妖怪であり、山の神でもあります(インドでは仏教の鬼神や鳥神。中国では流れ星。日本の先住民や宇宙人という説もあります)。だから、風神さんや雷神さんとも友達なのかもね。

3人には見えていない所が、「タカシと父さん」をはじめとするラーメンズのコントの数々を思い出させてくれます。神輿はGの掛かったコースを通ることになるし、ステージは見えないし、掛け声は勝手に変えられるし、お供え物の酒は試供品。あまりの扱いのひどさに怒っていた肌天狗が、「天狗様のおかげだよなあ。」と言われ、えっ…?と嬉しそうにはにかむのが憐れで可愛い。

3人に向かってボソッと「…聞こえてるんじゃないですか?」と言う肌天狗。
うん…、そうかもしれない。

お祭りの後で、肌天狗が寝ている3人に甲斐甲斐しく世話を焼く姿も健気だったなあ。
「僕さあ、君の先代も、先々代も知っているよ。全くおんなじ顔だね。」と酒屋に話しかける様子が、祭りの終わった夜の静けさと相俟って、妙に切ない。こういう限りある時間を愛おしむようなコントを作らせたら、賢太郎さんは抜群に上手いですね。

へのへのもへじ

文字の組み合わせだけでよくぞここまで。真似して描いてみたくなります。
外国にもこういうのあるのかな。

「翁隊」

地味ですが、じわじわ来ます。
まともにやれている遊びが一つもないじゃないか。
割とネタとしてはベタですが、翁隊〜♪と三人が並んでポーズを決めれば、綺麗にしまります。


賢太郎さんと赤べこ
イエスマン赤べこかと思いきや…。
ちょうどいいタイミングで首振りが止まるのには何か仕掛けがあるのですか?


「懐音」

古いオフィスが舞台。そこで働くサラリーマンの皆さんの服装も昭和。
窓の外から懐かしい音、懐音が次々と聞こえてきます。
い〜しや〜きいも〜♪の売り声は、賢太郎さんがやってるのかな。
祭りの掛け声の中にらっせーらーが混じっていたので、あの祭りの集団は肌天狗祭りの御一行だったのかもしれない(あいつらふざけ過ぎw)。それから、あの「エリーゼのために」!すっごいイライラする!次に曲がどうなっていくかを知っているがゆえのもどかしさですね。ああ〜鬱陶しい!!!


賢太郎さんと福助
福助が賢太郎さんの物を壊してしまい、頭を下げ続ける。福助が可愛いと思えたのはこれが初めてだ。


「素語録双六」

特にギャグや盛り上がりはないんだけど、なんか好き。
竹井さんと賢太郎さんのやり取りが普通っぽくていい。
ガガーリンの素語「柔らかくって美味しい。」(笑)パンとか食べながら素で言ったんだろうね、きっと。
双六の紙も、実際に遊べるように細かいところまでちゃんと手を抜かずに作ってあります。
聖徳太子、クラーク博士、マリー・アントワネットなどの素語もありましたよ。

「郷土料理を妖怪にしてみた」

私の妖怪好きの血が騒ぎますね。ひともじぐるぐるとでこまわしが怖い。
郷土料理の名前って妖怪っぽいんだなあ。今更気付いたよ。どちらもその土地の方言とか擬声語や擬態語で名前を付けられることが多いんですよね。

賢太郎さんの描いた不気味で可愛い妖怪達の絵。郷土料理を食べている賢太郎さんの写真がその間にちょいちょい挟まれています。賢太郎さん、郷土料理をわざわざその土地まで食べに行ったのかなあ。それとも、東京にある郷土料理屋に行ったのかなあ。

妖怪が実際に存在するかしないかって、実はそんなに重要なことではないんです。
言ってしまえばどっちでもいい。
あれは人間が理屈では説明のつかないことに名前を付けて形を与え、キャラクター化、物語化し、共通認識できるようにしたものなのですから、実際にはいなくても「いる」存在なのです。
賢太郎さんの作った妖怪達も、人々が口伝えに、或いは書物や絵などに残して伝えていけば、「いる」のです。妖怪が死ぬのは、人々の記憶に残らなくなった時です。

そんなわけで、「ない」けど「ある」、「いない」けど「いる」をずっと表現し続けてきた賢太郎さんにとって、妖怪はまさにうってつけの題材だと言えます。

「いろいろなケンケンパ」

楽しいね。観ていてついつい身体が動いてしまう。
一つ一つのストーリーにもまとまりがあります。
激しく動く賢太郎さんが新鮮。ダンス上手いなあ。
ハンドマイムもカッコいい。
最後のオチを観て、モンティパイソンのテリー・ギリアムのアニメを思い出しました。


「まやかしの画廊」

雰囲気が好みです。
賢太郎さんインバネス似合うなあ。「LENS」の天城の格好も似合うけど。
明治大正昭和初期の服装がはまりますね。

画廊の男は、ポツネンとはまた違うキャラだなあと思いました。
どことなくダークな感じがするし、何となく偉そう。
というか、彼がこの世の存在なのかどうかさえも疑わしい。

男に振り回され、こき使われる配達員。
全ては受領印をもらうため。汗をかきながら耐えています。
「辛いのは下の人なんですからね。」
いや、辛いのは上の人ですから(笑)
配達員が水で男を反撃するのが地味に好きです。反射的に笑ってしまった。
オチの仕掛けにはおお〜となりました。くそ〜、油断してた〜!また騙された〜゚(゚´Д`゚)゚!!!
配達員は受領印をもらえないままずっとあの画廊に居るのでしょうか。コレクションとして。

「お題 日本人 畳」

撮影終了後、賢太郎さんがあまり納得が行ってなさそうな顔をしているように見えました。私だけかしら。
畳を使った落語をしようとしていたのは分かるんですけどねえ…。
賢太郎さん、畳の上でくつろいでいるのが致命的に似合わないんだよなあ。
「落ち着くわ〜。」と言われても、あんまり落ち着いているように見えなかったです。
畳を広げていく時のダイナミックさや家の中の物がコンパクトにたたまれていく機能美よりも、賢太郎さんが長身ということも重なり、一畳の窮屈さの方が目立っていたと思います。もっと時間を掛ければ、脚本や見せ方や演技を練りこむことで、いくらでも改善できるとは思いますが、このお題コントには3日という制約があるわけで…。

過酷な条件の中で一つのものを作り上げるということ自体に大きな意味があるとは思いますが、小林賢太郎テレビもこれで4回目。どうせならNHKや視聴者の期待をおちょくるようなもの、観た人が「そっちかよ〜w」って思ってしまうような、肩の力の抜けた馬鹿馬鹿しいものを私は観たかったかな。