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主婦と見張り番

────間に合いましたか?ああよかった……23分。意外と早かったんですねえ。ここから先へは関係者以外は立ち入り禁止なのに息子を送らせてくださって、なんとお礼を言ったらいいか…本当に有難うございました。

……え?ええ、すぐに帰りますよ。でもねえ…なんだか心配で……。
分かってます。ここからじゃ息子の姿なんて見えませんよ。
だけど、こういうのは気持ちの問題で、見えているとか見えていないとかそういうことじゃないんですよ。………そりゃそうですよ。自分の子供が可愛くない親なんか居るもんですか。

ところで、息子を車から降ろす時に見たんですけど…あの世界の果ての壁。近くで見ると、なんだか全体的に靄がかかってて、変な模様ができてて…なんなんですかねえ、あの模様。ヤシガニかしら…不気味だったわあ…。

開拓の最前線で働かせて頂けるなんて、とっても名誉なことですけど…あの壁に挑むんですよね、息子を含めあそこに配属された人達で。その…大丈夫なんでしょうか。 ……ああ、上層部の方しか詳細は知らないのね。そう……。

ああいけない、やっとあの子が社会に出てくれたんですもの。 ここで私が連れ戻したら元の木阿弥だわ…。

──うちの息子は小学校を卒業するまで身体が小さくて病気がちで、壊れ物を扱うように大事に大事に育ててきたんですよ。身体が成長していくのに合わせてだんだん丈夫になってきて、主人も私もホッとして、元気に生きていてくれさえすればいいと思っていました。…けど、ちょっと甘やかし過ぎたのかもしれませんねえ。気が小さくて、なんでも始める前に諦める性格になってしまって…。

今でも息子は満員電車に乗ることができないんですよ。人を押しのけてまで乗ることがどうしてもできなくて、諦めて何本も何本も電車を見送ってしまうんです。だから、電車通学をしていた頃は、他の子より3時間も早く家を出て始発の電車に乗っていました。…あ、すみません。もうちょっとだけ話をさせてもらっていいですか…?有難うございます。

息子は内定をもらえないまま大学を卒業したんですけどね、私も主人もゆっくり自分に出来ることを探せばいいと長い目で見ていました。あの子の自主性に任せようと思ったんですね。そしたらあの子ったら、就職活動もしなければ勉強もせず、ロクに外にも出ないで、毎日毎日漫画を読み耽って空想の世界に浸って…あっという間にこんなに時間が経ってしまって……ええ、お恥ずかしい限りです…。

親である私達が生きている間はいいんです。でも、私達が死んでもあの子は生きていくわけじゃありませんか。だから、私が鬼にならないと。あの子も辛いでしょうが、私だって辛い。これは私にとっても戦いなんです。

…そりゃあ、人様に胸を張って自慢できるような息子じゃないかもしれません。でもね、あの子は優しい子です。それは自信を持って言えるんです。私が風邪をひいた時に茶碗蒸しを作ってくれたことがありましてね。……いいえ、作り方を教えたことはないんですよ。でも、私が料理をするのをよく見ていたから、勘所は分かっていたんじゃないですかねえ。それまで料理なんかしたこともなかったのに、手際よく作ってくれて、もうビックリするやらうれしいやら!誰に似たんだか分かりませんけどね、ちっちゃい頃から器用なんですよ。やれば出来る子なんです。 だからこの任務もきっと成功します。 あの子に足りないのは勇気だけなんです。

あ…すみません、すぐ車に乗りますから。もう少しくらいいいじゃないですか。車なんて5秒で乗れ…あ…ちょ、ちょっと待って!待って下さい! !

え…まさか。そんなわけないじゃないですか。……これは…息子の寝袋です!…別に必死になんてなってません!持って行かせようとしたけどあの子が要らないって言うから!…え?サイズが小さい…?あらまあ…いつの間に大きくなったのかしらねえ…。出発する時はこんなに小さかったのに〜。子供の成長ってはや〜ぃ……ごめんなさい!嘘!嘘です!!私の寝袋です!!……はい、つい出来心で…。

………主人ですか?…ああ、大丈夫ですよ。食事くらい自分で作るなり買って来るなり食べに行くなりすればいいんですよ、子供じゃないんだから。あの人にも自立してもらわないと困ります。未だに自分の靴下一足でさえ自分で見つけられないんだから、ホントにもう!

そんなことより、息子の将来が上手くいくかどうかの瀬戸際の方がよっぽど大事です…ええあの、分かってるんですよ?あの子が居なくても私は…あ、違う、ええと…私が居なくてもあの子は頑張れるって。でもやっぱり心配なんです。音や雰囲気だけでも息子と分かち合いたいんですよ。お仕事の邪魔になるようなことは絶対にしません。だから、ここに居させてください!!

……はい…鬼になるって決意しました。 ………そうですよね。気持ちの問題ならここで待つのもテレビや新聞で結果を知るのも一緒ですもんね。 …………まったくもって仰る通りです。私が、息子を信じてあげなきゃね…。

寂しかったんですよ…息子が私の手を離れて行ってしまうのが。
……あの子ね、車を降りる時私に「嫌だ」とか「帰りたい」とか泣き言を一切言わなかったんです。…いえ、本当なんです。「行ってきます」とだけ言って、黙って背筋を伸ばしてテントの方へ黙って歩いて行きました。…意外でしょう?まるで知らない人みたいだった……。今思えば息子の方が先に親離れしてたんですかねえ…。

────帰ります。どうもお騒がせして申し訳ありませんでした。





──────あらやだ、パジャマを持たせるのを忘れたわ…!せっかく出発直前に気が付いて取ってきたのに!…すみません、これを届けに戻ってもいいですか?あの子これがないとお腹を冷やしてしまうんです!



二次創作です。
ロールシャッハをご覧になった方なら、この主婦が誰なのか分かると思います。

彼女が息子を車でどんな風に送ったのかなあと想像していたらできました。
恥ずかしいので、消すかもしれません。