QLOOKアクセス解析

Eテレセレクション トップランナー再放送

観ましたよ〜、Eテレセレクションのトップランナーラーメンズの回の再放送。
えーと、そうですねえ…新しいお宝を発見した時の驚きを伴った喜びとかワクワク感はなくって、過去のラーメンズの公演や完売劇場なんかをDVDで観る感覚と一緒でした。まあ、過去の映像だからね。

まず思ったのは、何故彼等は「現代片桐概論」と「タカシと父さん」をやろうと思ったのかということ。
二本ともテレビで始めてラーメンズのコントを観る人向けのものではないよなあ。
どっちも片方が喋って動き回って、もう片方は動かず喋らず舞台装置のようにただそこに居るだけ、というラーメンズ特有のスタイルだから、それを視聴者に見てもらいたかったのかな。

現代片桐概論の先生が、教材用片桐のずれた靴下をピッと直してあげていたのが几帳面だし、優しい。お客さんの反応がイマイチだったので舞台と客席に一体感が生まれず、あんまり教室っぽい雰囲気になっていなかったのが残念でした。賢太郎さんも緊張していたのか、演技が硬かった。仁さんはいつにも増して剥製っぽかったです。目が硝子玉のようでした。「タカシと父さん」はNHK用に下ネタが省略されていました。私の好きな五人分身魔球もアームストロング父さんもなし。その代わり父さん太鼓が見られる!これが可愛い!賢太郎さん演じるタカシも思わず笑いを噛み殺す(?)

田辺誠一さんとはなさんとラーメンズのトークは三者面談ならぬ四者面談といった感じ。
二人共基本的に俯きがちに喋っていて目が死んでいたんですけど、賢太郎さんはコントのことについて、仁さんは粘土彫刻のことについて話している時には目に少し輝きが戻っていました。こういうオタク気質な所が似てるなあと思いました。

賢太郎さんは、自分の言葉を噛み締めるように頷いては次に言う言葉を探して喋っていました。背伸びをして尖っているのが丸分かり。触れただけで血が流れ出しそうな繊細さ。ちっとも芸人らしくない。若かったんだねえ…。背伸びするのは若いっていう証拠だもんな(逆に自分を若く見せようとするようになったら年取ったっていう証拠)。でも、鈴井さんとの「ダメ人間」での対談で自分のダメなところを否定しながら生きていきたいって言っていたから、あまり根本的なところは変わってないのかも。

KKTVでの賢太郎さんのトークはこの頃と比べると大分違います。それは、小林賢太郎としての在り方が板に付いてきたということなのでしょうか。

どことなく堅い雰囲気を和らげていたのは仁さんでした。発言や仕草がいちいち可愛い。「盗んだバイクは盗まない。」という仁さんの発言から十五の夜を二人で歌ったり、賢太郎さんが目撃したワゴン車の後部座席で大喧嘩していた子供の話で二人で盛り上がったり、仁さん作の鬼とMISIAを組み合わせたヘルメットで笑ったり。仁さんの存在に賢太郎さんは随分救われていたんじゃないかなあ。

仁さんはなんにも考えてないように見えて考えている人だと思うんですよ。「お金はねえ、お金なんだよ。お金っていうのはねえ、物を買ったりできるんだよ。」って言ってた人ですから。卑屈だけど現実に対する認識が割ときちんとしているし、自分の立ち位置も分かっている。そういう意味では凄く賢いし、大人なんですよね。だから賢太郎さんの社会とのコネクトを手助けする役割を果たせていたのではないかと私は考えています。

Face to Faceという観客からの質問コーナーでの賢太郎さんの返答。
「片桐さんの言うことなすこと面白いと思ったことがないのでー、全然吹くなんてことありえないです。」賢太郎さんのツンデレ炸裂。言い終えた時の満足げな顔が、好きな子をいじめて喜んでいる小学生と同じじゃないか。しょうもなー。確かに意図的に笑ったり、オーバーに笑ったりすることはあるんだろうけど、自然に吹いたことが一度もないってことはないはずだ。大体面白いと思ったことがない人を相方になんかするわけないでしょうよ。仁さんが力なく笑いながら棒読みで言い返していたのがツボでした。

・余白を作っておき、見えないその部分をお客さんの中で育ててもらう。
・お笑いのスタイルを一度取っぱらい、既にあるシステムの中に自分が面白いと思うものを乗せ
 るのではなく、自分が面白いと思うものを表現するのに一番合う形をついて行かせる。
・強い言葉ではなく、日常にある言葉だけを使う。
・ぶっ飛んだ設定は一切使わない。非常識な世界に住んでいる人の日常を描く。

賢太郎さんが語っていた作品を作る時のポリシーみたいなものは、今とあんまり変わってないように思いました。

今後どうしていきたいか、どうなっていきたいかは、大分この頃とはズレてきているようですが、ワクワクする方にフラフラ足を運んでいれば、当然考え方は変わって行くでしょう。足を運んでみて、これは違うなと思えば方向転換することだってあるでしょう。本業の美術よりサイドにあったお笑いの方がだんだん楽しくなってきて卒業する頃には完全に逆転したっていう賢太郎さんの美大生時代の話もそういうことだし。それが自然なんだと思いますよ。アウトオブコントロールの部分があるから面白いんですよね。

全て自分の目の届く範囲にっていうのが賢太郎さんの理想で、それを突き詰めた結果が今の状況なのかなあ。
チェーン展開しないで個人経営の小さな店だけでやっていく、といったところかしら。こういう感じが幸せ、と両腕で見えない何かを抱え込むようなポーズを取る賢太郎さんの隣で同じポーズを取っていた仁さんが、小さく「酔拳」と言っていたのに和みました。

TRでやったコントを観ると、二人共演技と間の取り方が上手くなっていることがはっきりと分かります(特に仁さん)。それから、舞台上での在り方や脚本の立体感も今とは違う。瑞々しさや毒、二人で居る時の一体感から生まれる心地よさは若い頃の方がありますけどね。私は今の彼等も若い頃の彼等もどっちも好きですよ。いかにも生きるのが大変そうな彼等のこの頃の活動の延長線上に今があるのだと私は思っています。

若い頃にしかできないこともあるし、以前から表現したいと思っていたことを今ようやく表現できる年齢、技術、環境に達した、なんてこともあるでしょう。それでいいんだと思います。彼等がこれからどう変わっていくかに私は興味があるんですもの。だからまだまだ見ていたいって思うのです。

性格的にお笑い(ていうか、人前に出る職業全般)に向いていないように見えた二人がまだまだ舞台でバリバリ活躍している。見終わって、続けてくれて有難うという気持ちで一杯になりましたよ。今まで続けてくれていなかったら、私はおそらくあなた方のファンになっていなかったでしょうから。椎名林檎さんの「百色眼鏡」が発売された頃に一応小林賢太郎という存在を認識してはいたのですが、なんか地味な顔の人だなあ、ホントにお笑い芸人(一番初めは俳優さんだと思ってた)?としか思わなかったもんなあ。賢太郎さん、ごめんなさいm( _ _ )m MacのCMも観ていたけれど、正直あんまり好きではなかった。

賢太郎さんの悪夢ベスト5。これは悪夢コレクターの私としては嬉しい企画でした。
なんかポツネンでやりそうな感じのものばかりでしたね。賢太郎さんは夢から作品のアイデアをもらうことはないのかしら。一位の金網の檻がだんだん小さくなっていくやつ、映画「CUBE」の冒頭のように人体がさいの目切りになるのを私は想像しました。そのさいの目に切られた一つ一つが人間の形に戻ったら鼻兎っぽいかな。
悪夢をよく見る賢太郎さんに対する仁さんの一言「それはねえ…野菜を食べてないからだ!」
素晴らしい。フッと肩の力が抜けますね。うーん、癒される…(*′ლ‵*)
ちなみに私は野菜を食べているのに悪夢ばかり見ます。しかし、こういうことを言ってくれる人の存在って大切だと思うんだよな。

さて、いよいよ仁さんがスタードラフト会議に出ますよ!
仁さんは自分の興味のあることについてはしっかり話せるし、なんだかんだで誰かに助けてもらえる人なので、私はそんなに心配はしていません。作った粘土彫刻を生で見たこともありますが、迫力があってユーモラスで良かったしね。大丈夫さ。