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迷子になるわ

────え、昨日?うーん昨日ねえ…どーだったっけなあ……ああ、なんかあ、雨がぽつぽつ降ってたような…あ、降ってなかったわ。え…待って…ごめん、やっぱ降ってた、降ってたよ!バス降りた時、定期券が雨の雫でちょっと濡れたもん、うん。あ、でもぉ…そうだなあ…本当に昨日だったかって聞かれるとぉ、うーん…自信ない。けど、なんか…空がさあ、どんよりしてたような気がするんだよねえ…何となく、そこはかとなく…ああもう分かんなくなってきた。天気の話はもういいや。

まあ、あれよ。とにかく昨日は西鉄ホールに行ったわけよ。五反田団っていうなんか強そうな名前の劇団の芝居を観に。んでね、その後なんかモヤモヤする…っていうの?まあ、わーっとなっちゃってるっていうの?あ、わーっだと言い過ぎだな。わーっとしてるっちゃあしてるんだけどぉ、どっちかっていうと…ぐにゃぐにゃしてるっていうか…。

────こんな感じで台詞も迷子な作品というのが私の「迷子になるわ」の第一印象でした。こういう台詞ばっかりだとテンポがダレやすいので、観客を飽きさせずに演技をするのが難しいと思います(正直ダレ気味の所はあったかな)。洗練されてない部分はあったのですが、世界観が素晴らしかった。

今まで私が観た舞台の中で一番ヘンテコでした。ビックリ。
シュールなギャグ漫画のようなのに、過去と未来、内側と外側、自分と他人、存在と不在、生と死が一つの面に存在し、ちょっと道を逸れただけで危ない世界に迷い込んでしまいそうな薄気味悪さがありました。

舞台装置はシンプル。舞台の中央にベッド。その後ろにはお墓のようにパイプ椅子が並んでいて、下手の奥には何箇所も結び目のある赤い縄が垂直に垂れ下がっていました。

主人公鈴木ミチルは三十前の女性。彼女は過去と未来を行ったり来たりします。本人の意志とは関係なく。そういう所がちょっとスローターハウス5っぽいかな。

ミチルの姉は、生まれる前に亡くなったらしく、実在していません。生まれる前に亡くなった姉が居るという記憶は、もしかしたらミチルの捏造かもしれません。しかし、普通に生きている人間と会話をしますし、焼きそばも食べます。

ミチルの母はとんでもなく背が高く(母親役の小柄な女優さんが俳優さんに肩車されている状態)、手は鳥山明の自画像の手にそっくりでした。彼女が東京タワーの隣に出現し、ミチルに「お母さん」と呼ばれた時には度肝を抜かれました。本能的に危機感を感じてしまうほどのデカさでした。お母さんって…お母さんって…(゜д゜)!ヘビー級のインパクトでした。彼女がミチルに小言を言いながらぎこちなく洗濯物をたたむのがおかしかったです。

ミチルの父は母の下半身です。なんじゃそりゃ、ですよね。でもそうだったんです。父は母のスカートのチャックから顔を出し、ミチルに自分が幸せになることを考えればいい。自分が幸せになるには、自分が周りを幸せにしなきゃけないっていつか気づくから。と、いいことっぽいことを言うのですが、残念な見た目のせいで台無しです。ミチルの話によれば、父も母も前はそんな姿ではなかったらしいです。

母と分離した下半身の父は、ベッドに潜り込むとミチルの不倫相手の大川にメタモルフォーゼします。大川は、ミチルに自分の代わりに歯の治療を受けて欲しいと頼みます。黒い幕から顔だけを出し、ミチルと大川を見つめてわなわなと怒りに震える石田。彼を発見した時の気持ち悪さと驚きと笑いの入り交じった複雑な感情は、今まで味わったことのないものでした。石田はミチルが大川と別れてだいぶ経ってから付き合うようになった男性です。ここで時間を移動するのはミチルだけではないと分かり、私の頭はますます混乱していきました。

石田は大川に本当に石田なのかと問い詰められ、狼狽えていました。ミチルが石田であることを証明してくれなければ、石田は石田として存在できなかったのかと思うと、過去も肩書きも名前も除かれた状態の人間のあやふやさを突きつけられたように感じました。

ミチルと石田は、デートをする度に東京の街中を彷徨います。今どこを歩いているのか分からない二人にとって、確かに見えるのは木のように生えている東京タワーだけです。

ミチルが付き添いの石田と歯医者の待合室で待っていると、石田が未来の自分の赤ん坊になってしまいます。赤ん坊はミチルと一緒に診察室に行きたいとダダをこねますが、生まれていない子供ということで、医者に舞台の端に放り投げられてしまいます。

ミチルは下着を脱いでベッドの上で股を開き、歯の治療に来たはずなのに何故か産婦人科的な治療を受けることになります。広げたミチルのスカートで仕切られ、治療の様子は観客にはシルエットで見える仕掛けでした。ファッセル、タスコ、などという怪しげな器具を使ったり、看護師が医者に霧吹きで汗を吹きつけたり、カテーテルで汗を吸ったり、カテーテルを看護師とミチルで吸い合ったり(6:4で鈴木さんです(笑))、穴の中から出てきた変なものをバシバシ叩いたり、医者が看護師に「イモータル」と言うと、何故か焼きそばを食べている姉が連れてこられたりしていたのが、ねじ式っぽくて可笑しかったです。治療の途中で世間話をし始め、穴の中に入ることになった医者、看護師、姉。
3人は次々とミチルの中に入って行きます。もぞもぞぬるぬると。

ミチルも靴下を裏返す要領で自分の中に入ってみると、中の世界も外の世界と同じです。不動産屋の姉は父と母に家の説明を始めます。両親に一緒に住んだらどうかと言われたミチルは、けじめとして一人暮らしをしたいと言います。生まれた時から一人暮らしの姉は、ミチルに「羨ましいんでしょ」と聞かれ、「別に羨ましがってない、あんたが決めることだから。」と返します。姉は存在しないんだものね、全部ミチル次第なわけですね。

その後、石田とミチルは最後のデートをします。ミチルの気持ちはとうに冷めています。石田は、「生まれてから死ぬまでが一本の道だったら、本当は面なのかもしれない。一緒に迷うっていうのはどうかな」とミチルにプロポーズしますが、ミチルは、「一人の方がいいよ」と言います。なんで結婚するかが、生きてることが、死んでるってことが、目的地が分からない、自分がどうしたいのか分からないとミチルは嘆きます。困惑する石田にどうすればいいのか聞かれ、戻るしかないんじゃない?とミチルは答えます。すると、石田は自分の乳首のOFFのスイッチを押そうとします。まー未練タラタラです。ミチルに止めて貰う気満々です。結局石田は押すことができず、力なくうずくまります。そういえば、大川にもOFFのスイッチがありましたね。一つのことが駄目になった時、男性は全てを根こそぎ失ったと感じてしまうものなんでしょうかね。OFFのスイッチはその比喩なのかな。

そこへ、姉が焼きそばを取りに戻って来ます。「もう冷めてるでしょ?」とミチルに聞かれ、「温め直す」と答えるのがなんか良かったです。石田はこの後別の人と結婚したとあっけらかんと話すミチル。ミチルには生えているように見えている東京タワーは、姉には垂れ下がっているように見えています。とうとう東京タワーでさえ不確かなものになってしまったのです。姉に「ここに居ても駄目だからね」と言われると、ミチルは自分のサイズを無視して東京タワーによじ登り始めます。
物凄い荒業!過去も未来も常識もなぎ倒すパワーがあるのに軽やかでした。

困ったこともないし、ストレスも溜まってない。原因も結果も分かんないけど、ここ何年かキレがない。迷子のミチルは進んで混乱の中に身を置くのです。その潔さを私は好きだと思いました。

東京タワーに見立てた赤い縄がへその緒のようなので、ミチルがへその緒にしがみついて必死に生きようとしている胎児のようにも見えましたね。そう考えると、ますます女性の話だなあ。結婚するか一人で生きていくか、自分の性とどう向き合うかで迷うアラサー女性の不安定さをこういうこんがらがったスタイルでバッチリ捉えた作品だと思いました。