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ボクらの足跡は石になれるか

バカリズムさんに賢太郎さんを日の当たるところへ引っ張り出してくれて有難うって言いたいですね、ホントに。ボクらの時代は、たった30分なのに中身の濃いずっしりとした番組でした。あれから録画したのを何回か観ましたけど、観るたんびに面白いです。

自分の手の内は見せるべきではないとは言いながらも番組内で少し手の内を明かしてくれてましたし、ちょっとずつ考えが変わってきてるんですかね。それには賢太郎さんに自分が受け取ったバトンを次の人間に渡そうという意識が芽生えたからでしょうか。

自分が先人達のメイキングを見て刺激を受けたように、今度は自分が次の人のために伝えられることを伝える。次の人が立派に成長して、そのまた次の人に…。自分の生きている時間よりもずっと長く、バトンは次々と受け渡され、続いていく。ものを作る人間にとってそれは魅力的なことなのでしょう。♪残したい〜の〜は 名前じゃな〜〜くて〜 名前のまえの名前のないなにかそ〜の〜も〜の〜〜(知久寿焼「月がみてたよ」) 

しかしまあ、日本人というのはそのままの君とか素顔とかが好きだなあ。本当にありのままに生きている人のことは嫌うくせにね。素顔でいることでたくさんの人から好感を持たれている人だって、正真正銘の素顔になることはないと思うよ。他人の存在を意識しない人間は居ないし、意識すれば程度の差こそあれど自ずと作ってしまうもんでしょ。自分を脅かさない範囲で相手がありのままでいてくれるなら安心できるってことか。話が逸れた。

賢太郎さんがミッキーマウスでありたいって言ったのは、人前では自分で作り上げた小林賢太郎であり続けたいってことなんだと思います。表現でご飯を食べている以上、絶対に見せてはならぬものがあって、それがバレたら作品を人に見せられなくなる。彼の仕事とはそういうものだと私は認識しています。縛りがあって成立する世界もあるので、何もかもさらけ出す必要はないんじゃないかな。さらけだすことで新たな可能性が生まれたり、人との繋がりが生まれたりすると思うので、さらけ出すこと自体には賛成ですけどね。

賢太郎さんはどこまでお面の裏側を見せるんでしょうね。
ふと頭に京劇の面の早替え、変面が浮かびました。