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はるにうごめく

タイトルは漢字で書くと江戸川乱歩っぽくなるので、ひらがなにしてみました。

3月20日に福岡市のcafe gigiで行われた元たまの知久寿焼さんのライブに行き、その感想は既にtwitterでたくさんつぶやきました。なので、ブログには書かないつもりだったのですが、急に書きたくなったのでこれから書こうと思います。今更って感じは否めませんが。セトリはライブから2ヶ月近く経つため、全然覚えてないので書きません。

ライブの前日に知久さんのライブが福岡で行われることに気付き、ダメもとで当日の昼に電話をしてみたら運良く当日券の予約が取れたので、ワクワクしながら薬院方面へ出かけました。私にとって初の知久さんライブでした。早めにcafe gigiに着いてドアの前で待っていると、リハーサルをしている知久さんの歌声が聴こえてきました。ドア越しでも歌詞がはっきり聞き取れるほどの声量で、安定感抜群。でも、本番ではこんなものではなかったです。

開場時間になると、並んでいたお客さんは次々と店の中に通されました。私も中に入り、どこに座ろうかとうろうろしていると、カウンターの左の奥の方からガラガラと音が聞こえました。よく見たら、知久さんがうがいをしていました(゚o゚;;ぶかぶかのズボン履いてニット帽をかぶった人が居るなあと思ったら、それが知久さんでした。初めて間近で見る知久さんは、想像していたより肩幅ががっしりしていて、骨太でした。

お客さんに気を遣いながら客席の間を進んでステージの椅子に座った知久さんの第一声はコロナビールを。」でした(ビールの注文)。流石飲兵衛(@^▽^@)知久さんは店員さんからビールを受け取り、ライムを絞って美味しそうに何口か飲んだ後、箱崎(知久さんが虫の研究のために通う九州大学のある場所)に桜とこぶしの花が咲いていたという話をしてくれました。桜だけでなくこぶしにも注目する所が彼らしいと思いました。それからおもむろにギターを弾き、歌い始めたのが「326」でした(さんにーろくと読みます)。3月26日。季節は春。土から立ちのぼるむせ返るほどの生と死。そっと耳打ちする誰かの声。なくなっていく形となくならない気持ち。はみ出した青空の下の帰り道。世界はこんなにも広い。その恐ろしさ、心細さ、嬉しさ、眩しさ。この曲を聴くと、心がスッと子供の頃に戻ってしまいます。知久さんの歌は私の生き物としての根源に直接訴えかけてくるのでしょうか。

知久さんは姿形は若い頃とは違っていましたが、目をキョロキョロさせながら歌う癖は変わってないなあと思いました。前の方の席で見ていたのですが、一度も目が合いませんでした(ヤナちゃんのライブに行った時もそうだったから、たまの皆さんは全員そうなのかしら。ちなみにGさんと石川さんのライブにはまだ行ったことがないです。)目が澄んでいて形が綺麗で、何もかも知り尽くした老人のようでもあり、少年のようでもありました。

歌声は昔に比べるとザラっとして太くなった感じはしましたが、相変わらず上手い。「鐘の歌」などの超ハイトーンの曲もキーを変えずに難なく歌えてしまうのは流石です。前の方の席で見たので、ギターを弾く知久さんの手がよく見えました。これがまあ、骨っぽくて指がすらっと長くて綺麗な手なんですよ。肘から指先にかけての動きが美しくて、こりゃあモテるわあって思いました。むつかしそうなテクニックを使った曲も知久さんは滑らかに簡単そうに弾いていました。禿げてるとか歯が抜けてるとか関係なし。セクシーでした。

知久さんのMCのほとんどはツノゼミの話でした。知久さんは日本だけでなく東南アジアなどでもツノゼミを採集し、論文を書いている在野のツノゼミ研究者でもあります。ツノゼミの研究のために九大の丸山先生の研究室へよく通っていて、今回のライブも九大を訪問するついでに企画されたものだとか。ツノゼミの解剖のやり方を熱心に説明している様子は生き生きとしていて、少年のようでした。採集したツノゼミを様々な薬品に漬けた後に解剖して生殖器を取り出し、ツノゼミの種類を調べるそうです。知久さんは丸山先生の書いたツノゼミ ありえない虫」に載っている虫の名前の間違いを指摘したので、2刷に名前が載ることになったそうです。残したいのは名前じゃなくってとか歌っておきながら…と言っていましたけど、いえいえ、素晴らしいことじゃないですか。知久さんは休憩中も丸山先生の本を読んでました。本当に虫が好きなんだなあ。あと、休憩中に欠伸ばかりしてたのが猫のようで可愛かったなあ。

ツノゼミ ありえない虫

ツノゼミ ありえない虫

演奏された曲の中で、覚えていて印象に残ったものの感想を。順番はぐちゃぐちゃです。

「電車かもしれない」はやっぱり一番好きだなあ。イントロのギターでノックダウンでした。ガチャガチャしたギターの伴奏がカッコよかったです。死んだふりをしているような、もう死んでいるような。誰かに見つけて欲しいような、見つけて欲しくないような。じっとしているようなウロウロしているような。初めて見るような、懐かしいような。相反するものの間を歩き回るような感覚が素敵。

「方向音痴」はウクレレで演奏されました。この曲も大好きなので凄く嬉しかったです。軽やかにこんがらがってて楽しくなれます。コーラスパート(♪ギロチンにかけられ〜た〜)も野太い声で一人でこなしていたのが可笑しかった。アンコールの「夜の音楽」でも変顔をしてみたり、ビール瓶に息を吹き込んで音を出してみたり、結構お茶目さんなんだなと思いました。

「ロシヤのパン」とあと一曲(忘れた)が、ギターの一番太い弦を緩めてブォーンという音を出し、それ以外の弦で和音を作るという奏法で、ギターを弾けない私には面白かったし珍しかった。

「月がみてたよ」の誰にも気づかれない小さなものたちへじっと目を凝らす知久さんの優しさ。これには知久さんの虫好きが深く影響していると思います。後半の盛り上がりが心地よかったなあ。

「月のひざし」は生で聴くとより一層寂しい。肌がひりつくような感じがしました。シチュエーションは「きみしかいない」に似ています。どちらも”きみ”と二人っきりです。しかし、「きみしかいない」はきみしかいない状況できみのことを愛おしむラブソングであるのに対して、「月のひざし」はきみと二人でいるのにとてつもなく寂しい曲です。かわいた水を〜♪の辺りで大号泣してしまいました。

「みもふたもないうた」本当に身も蓋もないんだけど、石川さんのオンリー・ユーの訳詞にも通じる愛情があるなあ。知久さんはこちらに話しかけるように歌ってくれました。この曲の歌詞のようなことを言ってくれる人に出会いたいなあっていつも思います。

知久さんの悲しくて寂しくて優しい歌とギターに心が温まり、凝り固まった部分がほどけていくのを感じました。終わってさっさと帰るのは名残惜しかったのですが、帰りのバスに乗れないと困るので、アンケートを書いて大急ぎで店をあとにしました。