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耳を塞ぐ音楽

急に思いついたので、以前書いた「リリイ・シュシュのすべて」に関する記事
http://kunluntea1234.hatenablog.com/entry/20130730/1375195353
の続きのようなものを書きたいと思います。この映画に登場する星野について掘り下げが足りなかったので、主に彼について書いていきます。

リリイ・シュシュのすべて 通常版 [DVD]

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おそらく星野は父親の会社の倒産とそれによる一家離散によって何を信じればいいか分からなくなり、自分がどう生きればいいのかを見失ったのだと思います。彼が住む地方都市にはなんにもありません。都会ほど人や物が行き交わず、かと言って田舎ならではの文化や濃密な人間関係もない。そういう場所は半径数キロメートルの世界が全ての中学生が絶望するにはうってつけです。

何度も生命の危機に遭う自分、顔見知りの旅行者の突然の交通事故死。
沖縄での経験により彼が悟ったこと。

この世ではどんなことも起こりうる。
簡単に人は死ぬし、運命も変わる。
それはこれから先もずっと続いていくんだろう。
大人はバカばっかりだ。誰も助けちゃくれない。
だからもう、何やったっていいんだ。 
やらなきゃこっちがやられる。

星野は周りの生徒を支配しコントロールすることによって不良グループのリーダーになり、自分の居場所を勝ち取りました。しかし、その地位を保証してくれるものはどこにもありません。不良グループの仲間は彼の暴力が怖いから従っているだけで、内心では彼のことを煙たがっています。彼が誰かに負ければその瞬間彼の正しさは地に落ちてしまうのです。だから彼は勝ち続けなければならなかった。仲間を巻き込んで行う悪事はどんどんエスカレートしていき、その痛みをリリイの音楽で癒し、やり過ごしていました。

星野はリリイのファンサイトでは青猫というハンドルネームで繊細で優しい一面を見せています。彼は本当は現実でも青猫でいたかったんじゃないでしょうか。彼に必要だったのは、暴力で人の上に立つことではなく、自分の心の深いところまで打ち明けられる人を身近に持つことだったと思います。

リリイ・シュシュの存在は結局過酷な現実の中で感覚を鈍らせるための逃避の道具でしかありませんでした。この映画の登場人物達がリリイの音楽をイヤホンで聴いていることがそれを象徴しています。現実で自分がしたことの重さに直面した後、星野は何もない荒野で叫び、蓮見は嘔吐しました。その様子はまるでバッドトリップした麻薬中毒者のようでした。

リリイ・シュシュのすべて」の登場人物達は、インターネットの世界と現実の世界という二つの世界を生きています。インターネットと現実の世界は分断されてはいません。繋がっています。二つの世界でしていたことの間にズレが生じ、星野は現実で蓮見に刺されて命を落としました。

フィリアが会いに来なかったと知った時、星野は一体どういう気持ちだったんでしょうね。もちろん底知れぬ絶望と寂しさを感じていたのでしょうが、心のどこかではほっとしていたのかもしれないと思いました。現実の自分をフィリアに見せずに済んだのですから。今の自分が嫌いな彼にとってフィリアに会うことは楽しみである反面、恐怖でもあったと思います。

今はこの映画が公開された頃よりも遥かにソーシャルメディアが発展し、最早一人の人間が複数の世界を持ち、複数の顔を使い分けることが当たり前になってしまいましたね。この映画に出てきたのはそのネガティブな面でしたが、もちろんポジティブな面もあるのですよ。私が最近観た舞台はそういう話でした。

今月に入ってから何回か拍手ボタンを押して頂きました。ありがとうございました(*´∀`*)