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他人の物語

一年ぐらい全く本が読めなくなったことがありました。漫画や映画やドラマや演劇など、物語のある表現のほとんどが駄目でしたが、特に本が駄目でした。読んでも目が活字の上を滑るばかりで、内容が全然頭に入ってきませんでした。多分、現実を生きていくだけで精一杯で、現実以外でまで他人のことなど考えたくなかったからだと思います。音楽だけは大丈夫だったので、音楽ばかり聴いていました。

読書を通じて他人の物語に触れることは、自分とは違う価値観に出会うことです。本を楽しむためには、漫画や映画以上に想像力やその世界に自分を合わせる力が必要です。自分と波長の合いやすい本だとその世界に入っていきやすいのですが、合いにくいと入りづらいものです。長い間本を読んでない時や他人の物語を受け入れる余裕がない時も入りづらくなります。読書は作者と読者との一種のコミュニケーションだと思います。

そして、現実で人と関わることも読書と同じように他人の物語に触れることです。
私も私という物語を生きていますし、他の人もそれぞれの物語を生きています。
現実と虚構を多層的に生きることは、自分の人生を豊かにしていくし、明日への活力に繋がっていくことだと私は思います。「ここしか居場所がない」ではなく、「ここにも居場所がある」であれば。

最後に私の大好きな漫画を紹介します。高野文子さんの「黄色い本」。就職を目前にした女子高生の現実と虚構が時に混ざり合いながら静かに進んでいく様子が見事に描かれています。本にのめり込んだ事のある人ならば思わずあるあると共感してしまうエピソードがたくさん出てきますよ。
本と少女の素敵な関係を読みたい方は是非。

黄色い本 (アフタヌーンKCデラックス (1488))

黄色い本 (アフタヌーンKCデラックス (1488))

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