QLOOKアクセス解析

振り子とチーズケーキ④その者葱の入りし袋さげてよろずの世界に降り立つべし

振り子とチーズケーキ③の続きです。ネタバレしてますので、未見の方はご注意ください。

・過去の作品との共通点

全体的にはポツネンシリーズの一人遊び的要素、部屋から一歩も出ない世界旅行を拡大したようなところがあるという印象です。小ネタはラーメンズを彷彿させるようなものが多かったですね。

そしてテーマは「ロールシャッハ」と「うるう」から受け継がれているものがあると思いました。
まずは「ロールシャッハ」「うるう」の両方と共通すること。ロールシャッハの四人がすることは、ひょっとしたら壁の向こうの世界、こちら側の世界、或いはその両方を不幸にするかもしれません。「うるう」のヨイチがマジルと友達になり余らなくなれば、代わりに他の誰かが余ってしまうし(ヨイチの思い込みかもしれませんけど)、いずれはマジルの方が先に死んで一人ぼっちになる日がやって来ます。振り子とチーズケーキの主人公の場合は、彼女を餅つき大会に誘っても断られる可能性がありますし、もしかしたら彼女と関わりを持ったことを後悔するようになるかもしれません。自分の選択はもしかしたら間違っているかもしれないけれど、それでも勇気を出して行動すること、自ら他者と関わりを持つことの大切さをこれらの作品は観客に教えてくれます。

「うるう」のヨイチは社会から隔絶された森で生活しているのに対し、「振り子とチーズケーキ」の主人公は、社会の中で人と関わって生活しています。しかし、彼も精神的にはヨイチと似たようなものです。彼は本当は普通の人と同じように恋愛をしたいという欲を持っているのですが、肥大した自意識が邪魔して行動できずにいました。自分の妄想の中では自由にやってるのに、実際に女性を目の前にするとビビってしまう。それを認めたくないから、女性を批判することで自分を正当化していたわけです。また、彼は冒険小説のような冒険に憧れているのになかなか行動に移すことができずにいます。図書館に勤めだしてから旅行らしい旅行すらしていないので、ブラジル旅行に行ける行動力を持った客にひそかに嫉妬します。こういう所がマジルと友達になりたいけれどなれないヨイチの精神構造とそっくりです。

おそらく、彼は冒険小説のロマンに比べ自分の生きる日常はつまらないと思っていたのでしょう。日常にも素晴らしいことはあるのにそれに気付く視点を持てずにいたのです。彼の住んでいるのは地方都市です。彼は冒険にも出ず、恋愛もせず、自分の本当の気持ちに蓋をしたまま都会と田舎の中間でそこそこ満足して生きてきました。彼の日常をつまらなくしているのは、他ならぬ彼自身です。

「うるう」にあって「振り子とチーズケーキ」にないテーマは、「死」です。人よりも年を取るスピードが遅いため「死」=「終わり」が半永久的に訪れないヨイチは、彼よりも寿命が短いマジルと友達になることによって、終わりと向き合うことになります。ヨイチがマジルと過ごす時間は限りがあるものだからこそ、あんなにも光り輝いていて美しいのです。

「ロールシャッハ」と同じように、「振り子とチーズケーキ」でもコンプレックスがテーマになっていて、「イクラになろうとするな、鮭になれ」という言葉は両方に登場します。「ロールシャッハ」では自分のコンプレックスを認めてできることからやってみようというメッセージを観客に伝えていました。また、四人それぞれのコンプレックスが個性や可愛らしさにも繋がっていて、そこが良かったと思います。

「振り子とチーズケーキ」では、理想の自分のイメージに振り回されて自分が分からなくなり、どんどん自信を失っていく様子がよく描かれていました。理想に近づけば情報が増えて理想が具体性を伴うものになります。だから不安になるし、自己嫌悪に陥るのです。しかしどん底の中で悩んで苦しんだ経験は、再浮上した後に力になります。悩んだから彼は本当の自分の気持ちに気づくことができたのです。悩んだことが、日常の中に希望を見つけ、前へ一歩踏み出す後押しをしてくれたのです。悶々と自問自答している時にふとしたきっかけで視点が変わって今までは考えもしなかったことに気付くことって私にもあります。あのネガティブ界の風雲児も決して必要のない存在ではないんですよね。

「ロールシャッハ」で、富山が「現実の世界と漫画の世界、二つの自分の世界を持っているのに、片方しか楽しめないなんてもったいないですよ。」「パーセントマンはヒーローと社会人の二つの顔を両立させている。天森さんも欲張るといい。現実の世界と向き合ってみませんか。」と天森に言うシーンがあります。富山の台詞に賢太郎さんの現実と虚構に対する考え方がよく表れているように思います。現実と虚構を多層的に生きることを私も肯定的に捉えています。現実と向き合うことを忘れなければ、それは自分の人生を自由で豊かなものにしてくれるはずです。

「振り子とチーズケーキ」の主人公も現実の世界と本の世界を持っていて、これからはそこに日記の世界も加わることになります。主人公が日記を書こうと思ったのは、彼女に影響されてもう一人の自分に旅をさせたくなったからでしょうが、日記を書くことを通じて彼女ともっと親密になりたいという気持ちもあったのかもしれません。主人公が女性と日記のことについて「今○○を旅してるんだ」とか「ここはどう書いたらいいと思う?」とかいう感じで話をすれば、現実以外のもう一つの世界を彼女と共有できますよね。それは、自分の脳内だけではできない虚構の楽しみです。

・日常の大切さ

主人公は彼女を餅つき大会に誘った後日、彼女の働くスーパーで買い物をして帰ります。彼がさげている買い物袋からは葱の青い葉っぱが顔を出しています。彼が食事をコンビニで済ませるのをやめて、自炊するようになった証拠ですよね。楽な方へ流されがちだった彼の生活習慣が改善しているということでしょう。葱を買ったということは、お鍋にするつもりなのかしら、彼女とお鍋を食べるのかしら、と色々と想像できますね。葱は生活感を出すのにうってつけのアイテムです。冒険小説にこれほど似つかわしくない野菜はありません。私は葱から主人公が自分から日常を豊かにしようとする意志を感じました。

彼女と関わりを持つことで、主人公はこれから変わっていくでしょう。主人公の彼女へのイメージもどんどん変わるので、彼の理想の自分も変わっていきます。だから、主人公が彼女を餅つき大会に誘った後に花柄は居なくなってしまったのだと思います。主人公に茶々を入れながらも主人公のことを誰よりも応援していたのは花柄で、彼は主人公の空想上の友達だったんですよね。寂しいけれど、花柄の消滅と引き換えに主人公はちょっとだけ成長したのでしょう。

この作品にはほとんど動きがありませんし、分かりやすいドラマチックな展開もありません。しかし、私はこの作品を観終わり、めんどくさい事も嫌なこともあるこの日常を少しだけ愛おしく思えたのでした。