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片鱗

12月8日に西鉄ホールでイキウメの「片鱗」を観てきました。
いや〜凄かった!こういうのを観たかったんだよなあ。待ってました!
ホラー好きの私大満足の作品でした。

舞台は黒一色。舞台と客席の境目には段がなく、一続きになっています。
四つの黒いテーブル状の台が並べられ、それらが四つの家や一つの家の部屋、十字路の役割をしています。空間の使い方が見事で、唸ってしまいました。台には浅く窪みが付けられていて、水がこぼれないようになっています。台の下には水が出る仕掛けがしてあります。

冒頭で十字路に突然現れた不審者。彼が登場しただけで劇場内が凍りつきましたね。首や足の関節が不自然に曲がり、腕が捻じれた状態で、客席に近づいてくるんですから。表情も尋常ではなく、口の中は真っ赤でした。

ある住宅街の一角に安斎道彦と娘の忍が引っ越してきます。それからその辺りでは奇妙なことばかり起こるようになります。4つの家が十字路に接しているというのがニクいですね。分かってらっしゃる。古来より十字路=辻は現世と来世との境界になっていると言われていて、 そのような場所には、妙なものが現れやすいのです。帷子辻とか。

ある日堀田蘭の家でホームパーティが開かれた時、家のあちこちに不審者が現れ、ある部屋に水をこぼして去っていきます。誰がこぼしたのか分からないその水をみんな気味悪がります。

不審者は劇場中を彷徨います。客席にも出没し、ぐにゃりと客席に座ったり、客席の下に潜り込んだりします(空いている客席はこのためのものだったんですね)。彼と目が合った時の恐怖と言ったらもう!手塚とおるさん凄い!今でも夢に見そうです…。

奇妙は現象はどんどん深刻なものになっていきます。庭の木が枯れたり、水槽の水を換えたばかりの金魚が死んでしまったりと。そして、ついに人の精神も狂っていきます。不審者に水を掛けられた佐久間は、大河原家を訪れ、「許さない、絶対に許さないからな」という言葉を連発します。佐久間を怒らせた覚えのない大河原夫妻は、何を許さないのかを聞き出そうとしますが、佐久間は「許さない」しか言わないので、会話になりません。二人は心当たりはないものの一応謝って事態を丸く収めようとしますが、それでも彼の「許さない」は止まりません。そんな佐久間に業を煮やした大河原不二夫が怒鳴り始めると、佐久間は身体から大量の水を出し、床をビチョビチョにして去っていきます。やがて彼は精神病院に入院し、そこで亡くなりました。

その後、大河原不二夫の妻の希が佐久間と同じように「許さない」しか言わなくなります。最初は妻の悪い冗談かと思った夫の不二夫ですが、今度は佐久間の時と違い心当たりがあります。彼は堀田蘭と不倫しているのです。彼は妻がそのことで怒っていると思い、謝るのですが、それでも彼女の「許さない」は止まらず、とうとう彼女も身体から大量の水を出します。不二夫は妻がこうなってしまったのは自分にも責任があると思って尽くしますが、結局彼女も精神病院に入院します。やがて、不二夫や蘭まで「許さない」と言うようになります。小さなラジオ局のディレクターの不二夫がDJを務めるラジオ番組がだんだんおかしくなっていくのにゾッとしました…((((;゚Д゚))))

蘭の恋人で部外者である日比野だけがこの現象の異常さに気づきます。こぼれた水を研究所で調べさせたり、安斎家が以前住んでいた場所で起きたことを探ったりし、蘭にこの街から出て行くよう説得しますが、蘭は聞き入れません。

研究所の分析により、こぼれた水は重水と判明。しかし、重水では植物は枯れないし、人も狂いません。安斎家が過去に住んだ地域はみんな荒廃したけれど、それが彼らのせいだという証拠はどこにもありません。科学的に説明できないもの、よく分からないものは恐ろしいのです。

崩壊した大河原家の一人息子和夫は、安斎家の娘忍と恋仲になり、やがて忍は子供を身籠ります。日比野から安斎家の過去を聞かされた不二夫は子供を産むことに大反対します。和夫は自分はまだ学生の身分で子供を養っていけないので、子供を堕ろしてくださいと頼みに安斎家へ行きましたが、忍の父親道彦は、娘は変わるのにあなたは変わろうとしないのかと厳しい口調で言います。これはその通りですね。女性は堕胎したって妊娠する前には精神的にも肉体的にも戻れないのに、男性だけ何事もなかったかのように生きていくのはおかしい。軽々しく頼めるものではないです。和夫は高校を辞め、働いて子供を養っていく決心をします。忍は天井からスルスルと降りてきた綱につかまり、うめき声をあげながら女の子を出産します。

出産後、奇妙な現象はピタリと治まりました。安斎父娘は行方知れずです。安斎道彦は、娘が初潮を迎えるまでは幸せだったと言っていました。忍は呪いのようなものを引き寄せてしまう体質を持っているのです。彼女が出産したらこの現象が収まったということは、次は…。赤ん坊を抱きかかえる和夫は、「こんなに可愛いのに!」と叫びます。

話せば分かると思っていた人がいきなり理解不能な存在になってしまう恐怖。自分達の共同体がどんどん蝕まれ、荒廃していく恐怖。一人の少女が存在することによって集まってくるとてつもないものはもともとそこにあったもので、少女の存在が触媒となっていただけではないでしょうか。彼らは代々お隣同士で何もかも知り尽くしている間柄ではなく、よく分からない人間同士がたまたま同じ所に引っ越してきて肩を寄せ合っているだけでした。一見仲の良さそうな近所付き合いも実際にはドロドロしたもので、それでもそこで暮らしていくために彼らは色々なことを我慢して、気を遣いながら表向きは理解し合えているふりをしていました。家族だってバラバラ。全然一枚岩じゃありません。そういう影の部分が忍の存在によって増幅しただけのように思います。

忍が引き寄せる得体の知れないものを力で排除するのではなく、産んだ娘に体質を受け渡すことによって、しばらくの間落ち着かせるという発想が面白いですね。赤ん坊は災いの種ですが、受け入れて愛する。なんとか共存していく。納得できないものにどう対処するかについての一つの考え方をこの作品は示してくれていると思いました。これは欧米にはない日本ならではの考え方だと思います。災いの赤ん坊を愛して育てるのが女性ではなく、男性というのが現代的です。女性だと母性ということで納得させられてしまいますからね。

共同体の中の不確かな常識を維持し、安心するために異質なものを排除すること。これはいじめや差別や犯罪に繋がっていると思います。あの世とこの世が二重写しになる感覚、気づきたくないことに気づかされてヒヤリとする感覚。前川さんの作品は鋭敏に今を捉えていて、そこが私は好きですね。

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