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ねずみの三銃士~「万獣こわい」②

ねずみの三銃士~「万獣こわい」①の続きです。

ネタバレしていますのでご注意ください。

 

 

 ある日のランキングで陽子は最下位に選ばれ、トキヨに「さよなら」と言われてしまいます。トキヨの望む落とし前は陽子の死だと理解した4人は、それ以外の落とし前の付け方はないか考え始めます。考えているうちに学生時代に戻ったみたいで楽しくなり、バンドをやろうぜ!とはしゃぎ始めます。しかし、ベースが2人にチェッカーズ高杢さんのパートが1人ではバンドになりません(笑)

埜呂はヤマザキに聞いたトキヨの話を3人に聞かせます。トキヨは家族の殺害現場にはこわいこわいと言いながらも必ず居ました。ヤマザキが自分がこわいと言った人間を殺すターゲットに選ぶと学習した彼女は、祖父、父、姉…と気に入らない家族をヤマザキを利用して次々と消していったのです。これが冒頭の落語に繋がっていると気づいた時には寒気がしました。

アヤセの妻は亡くなっています。おそらくは殺されたのでしょう。

埜呂の書いた記事のデータは全て消えたかと思いきや、幸いなことにバックアップが取ってありました。埜呂がデータの入ったUSBをアヤセに渡すと、アヤセはマスターにパス、マスターはそれを踏んづけて壊してしまいました。無意識のうちに。

哀れな埜呂はアヤセとマスターに殺されてしまいます。
その後アヤセとマスターの殺し合いが始まるのですが、アヤセが通電のレバーを下げても何も起こらないというアクシデントが発生。それもそのはず、埜呂が生き返って通電のプラグを抜き、代わりにパソコンのプラグを挿していたのです。これには盲点を突かれて笑ってしまいました。力尽きた埜呂は息絶えます。隙ができたアヤセはマスターに殺されてしまいました。自分がアヤセのようになってしまうことへの反抗のつもりなのでしょうか。彼の「常識」はもう理解できないものへと変質しています。

マスターは陽子を殺すことができませんでした。その理由は愛しているからではなく、ずっと体裁を気にして生きてきたから。体裁のために彼は身内を不幸にし、人を殺して解体し、夢いっぱいで始めた喫茶店を血なまぐさい事件の現場にしたのです。

やがて陽子は娘を出産。その子は月子と名付けられました。
この連続殺人事件で、有罪判決を受けたのは陽子だけ。トキヨの陽子を有罪にするための証言が採用されてしまったからです。マスターとトキヨは無罪。ハリウッド映画だったら陽子が助かる結末になるんでしょうけどね。一番弱い者が生き残るのがセオリーだから。でも、現実では弱い者の声がかき消されることのほうが多いですよね。

でも、もしトキヨの証言が本当だとすれば、陽子はトキヨに恩を着せて監禁し、自分の支配下に置いた男たちと共にマインドコントロールし、殺し合いをさせた極悪人ということになります。

ひょっとすると、ヤマザキの語ったこともトキヨに罪を着せるための嘘かもしれません。

…何が本当なのか分からなくなってきました。

陽子に面会に来たマスター。喫茶店をたたんだことを報告するも、陽子はマスターのことを見ていません。マスターは日に日に馬場に似てくる娘の月子を馬場の子ではないかと疑っています。マスターが月子が誰の子なのか聞いても、陽子は能面のような表情を崩さずにタコ踊りをするばかり。彼女は助けを求めているんでしょうかね。なんて悲しい。

幸せになろうと必死だったのに、ズルズルと望まぬ方向に引きずられて、挙句の果てに諸悪の根源であるトキヨに罪を着せられるなんて…。おまけに味方だと思っていた夫はどこまでも体裁を重んじる男。面会に来たのだって、愛しているからではなく体裁のため。

喫茶店に不動産屋と共に訪れたヤクザのような男と金髪の外国人(メリンダ?)。そこへセーラー服姿のトキヨが飛び込んできて…。<終>に✖が付けられます。

この作品は北九州監禁殺人事件を下敷きに作られています。あまりの陰湿さ残酷さに「こんなの人間のやることじゃない」と言う人も居るでしょうが、こういうことを実際に行った人間が存在するのです。しかも、北九州の事件で行われたことはこの作品よりもっとえげつないです。幼い子供が殺されましたし、性的な支配も行われていましたので。

「いくらでも逃げ出すチャンスはあったんじゃないか」と言う人も居るでしょう。でも、それは第三者だからこそ言えることです。異常な状況下で彼等はそういうまともな判断ができなくなっていたのです。本人たちは考えているつもりなのでしょうが、実際には「考えないように考える」ことで、自分を騙していたのです。

マインドコントロールから抜け出すのは難しいのだそうです。抜け出そうとすれば今まで自分がしてきたことは何だったのかという疑問に必ずぶち当たります。それに耐えられるほど強い人なら、始めからマインドコントロールにかかっていません。

  • 少しでも違和感を感じたら、さっさと離れる。
  • 落とし前を付けろと言われたら、どう落とし前を付けるかは相手に決めさせる。無理なことを要求されたら毅然とした態度で断る。
  • 早めに外の世界に助けを求める。体裁を気にして内輪で解決しようと思わない。

 気をつけるとすればこんなところかな。でも、気をつけているからといって巻き込まれないという保証はないのでしょうね。トキヨのような人種は自分の見せ方をよく理解しているし嘘の天才だから、初めは人当たりが良くて魅力的な人間に見えるのだそうです。本性を見せるのは相手が自分から逃げられないようになってから。トキヨのやり口を知っていた埜呂でさえ弱みを握られたらあっという間に巻き込まれたことを思うと、暗澹たる気持ちになります。まあ、私の経験上怒鳴って相手を威嚇する人間にロクな奴は居ないですよ。

幼い頃から監禁されてヤマザキのやり口を学習し、ヤマザキ二世となったトキヨ。彼女は何故こういうことをしたのでしょう。動機がはっきりしないのがこの作品の怖いところです。お金が目的とは思えません。それならもっと金持ちの家を選ぶでしょうし、もっと効率のいい方法があるはずです。人をコントロールして優位な立場に立つことに異常な快楽を覚え、それを追い求めて突っ走っていたのでしょうか。多分、ブレーキは付いていないのでしょうね。監禁されている間に壊れてしまったのかな。

トキヨ一人だけの力でこの殺人事件は起きたわけではありません。彼女は決して自分の手を汚さないのだから。彼女に従い続けてしまった人達の弱さがここまで事態を大きくしてしまったのです。

駅のホームのギリギリのところに立つ人。
歩きスマホをしている人。
夜道をライトを付けずに運転する人。
ネットで知り合った人に実際に会うことを怖いと思わない人。

世の中無防備な人だらけです。
彼等が「自分だけは大丈夫」と何の根拠もない自信を持てるのは、自分の周りに居るのがちゃんとした人間ばかりと思い込んでいるから。そういう無防備さにトキヨはつけこんでいるのです。暴力と狂気はいつも日常のそばにあります。

スイッチの切り替えが激しく、だんだんそのスイッチ自体が壊れていく登場人物たちを皆さん見事に演じ切っていました。テンポよくスピーディな掛け合いはまるで格闘技のようでした。

生瀬さん演じるマスターの小市民的情けなさ。古田さん演じるアヤセの狂気とダンスのキレの良さ。池田さんの埜呂とメリンダのうさんくささ。ねずみの三銃士の皆さんの濃さは期待以上でした。小松さんもお三方にいじられながらも安定した演技を見せていました。夏帆さんも難しい役どころに体当たりで挑み健闘。小悪魔的色気を振りまいていました。しかし、一番光っていたのは小池さんですね。抜群の瞬発力と感性を武器に、化け物揃いの先輩方と堂々と渡り合っていました。声がよく通るし、ツッコミのタイミングも絶妙でした。

北九州監禁殺人事件にも隙を見て逃亡し、生き残った少女が居ます。もちろん彼女はトキヨが喫茶店でしていたようなことはしていないし、家族構成も違います。でも、トキヨと同一視しようと思えばできてしまうんですよね。

それでもこの題材で書いて世に出す事を選んだ宮藤官九郎さんに、私は脚本家としての業を見たような気がしました。

非道な話を非道な感じでここまで面白くしたクドカンさんに拍手。「あまちゃん」が終わってそんなに経ってないこの時期。おそらく勇気と気力の要る執筆だったと思います。私は笑って怖がって笑って怖がってと転がされまくり、まんまと共犯者にさせられました(笑)