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ノケモノノケモノ大千秋楽

ノケモノノケモノ大千秋楽、無事に終わったようですね。

 

一万文字以上にも亘って好き勝手なことを書きましたが、この作品には言語の枠をはみ出したものもたくさん存在しました。判断したり、価値づけたり、線を引いたり、説明したりする言語に毒されていると見えにくいものが、演者の存在感や声やリズムや光や美術の隙間から見え隠れしていました。

 

 それは、普通の生活空間や自然の中に隠されている混沌とした魔術的なもの。透明感があって、可愛くて、可笑しくて、寂しい「ノケモノノケモノ」の世界の底に沈殿していて、波立つと浮き上がってくるものです。「P」や「P+」での修行の成果。それを四次元的に進化させたものが「ノケモノノケモノ」というのが私の認識です。

 

存在するのに無視されたり排除されたりしてきたものに対する賢太郎さんの愛は深いなあ、と今回しみじみ思いました。そういう存在に作者が自意識を投影していると見る人も居るのでしょうが、実際はもうちょっとフラットかもしれません。

 

目立つ生き物、目立たない生き物、変な生き物を同等に置くことによって生じる不協和音のようなものが、子供のように自由に遊んでいる。それが、私の「ノケモノノケモノ」のイメージです。そんな世界で、私も大いに遊びましたよ。作品を現実世界の物差しに当て嵌めて混乱するか、作品の世界にどっぷり浸るか、どのように観るかはその人次第。

 

賢太郎さん、音尾さん、辻本さん、高橋さん、スタッフの皆さんお疲れ様でしたm(_ _)m