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おとこたち

ハイバイの「おとこたち」を観に西鉄ホールへ行ってきました。
ハイバイの舞台を前から観に行きたいと思いながらもなかなか観る機会に恵まれなかったんですけど、行ってよかったです。傑作でした。もしかしたら、今年見た舞台の中で一番いいかもしれない。


私が今まで観てきた舞台に比べ、中高年のお客さんが多かったことに驚きました。


舞台には三つの空間がねじれた状態で並んでいます。一番高いところにある空間には木をモザイク状に組み合わせた壁があります。一番下にある空間にはテーブルとソファがあり、カラオケボックスの一室のようになっています。


役者さん達がゾロゾロと舞台に現れ、一番主役っぽい山田を演じる菅原永二さんが観劇の注意点を観客に向かって喋った後、そのまま静かに開演。ハイバイっていつもこういうスタイルなのかな。


壁には82という数字が映し出されます。老人ホームにアルバイトに来た山田はご飯を食べてないことを職員に訴えますが、食べたという記憶がなくなったと思われ、食べさせてもらえません。ああ、若者っぽく振舞っていたのは、若いつもりでいたからなんだ…。
しょっぱなからガツンとやられました。自分の記憶や感覚が信じられなくなるって、どれほどの衝撃なんだろう…。


壁に映る数字が25に変わり、山田を含めた4人の男がカラオケで盛り上がっています。ここで、壁に映る数字が年齢を表しているのだと分かりました。歌う前に自分が出会った風俗嬢のピノコのことを語り始める鈴木。なぜピノコかというと、全身ツギハギだらけだから。これが実話だというんだから恐れ入ります。

山田はブラック企業に入ってしまい、精神的に病んで目がどんどん離れていったため退職。その後紹介予定派遣を経てスピーカーの会社の正社員になります。正社員になってからの仕事は派遣社員の頃とは違い、クレーム処理です。そのため、彼はみるみる負のオーラを溜め込んでいきます。


森田は居酒屋でアルバイトをしています。彼は良子と結婚しているにも関わらず、居酒屋の後輩純子と不倫しています。純子が森田の携帯を使って良子に連絡したことで、不倫がバレてしまうのですが。その後も何故か連絡を取り合う二人。何も知らずに浮かれているのは森田だけです。純子が良子に保険金殺人の話を持ちかけていたこともあったのにね。「殺しませんか?」ではなく「何とかしませんか?」という言い方をしているのが、なんかコワイ。

良子に「どちらとも会わずに一人で考えろ」と言われても純子に会いに行くし、どちらとも別れたふりをしてこっそり純子と付き合っちゃおうと考える森田。自分が悪者になるのは嫌だけど、自分の欲望は満たしたいわけだね。ホントにどうしようもないな。


結局、良子からは「200万円の慰謝料を払って離婚して」と言われ、純子からは「お前なんか好きなわけないだろ!」と吐き捨てるように言われて振られてしまいます。その後も何故か良子は離婚せずに森田と一緒にいたのですが、後で物凄い仕返しが待っているのです。


良子は癌を患うのですが、その痛みでうなされている間、家族の名前を呼ぶことはあっても、森田の名前を呼ぶことはありません。二種類の抗がん剤を混ぜて投薬し、それが合っているか分かるまでに半年かかり、合わなかったら違う組み合わせを試すと劇中で治療法の説明がありました。そういう辛い治療をしている時に呼んでもらえない。これはもう、心の底から拒否されてるってことですね。


純子が友達と再会して楽しそうにしているシーンもあったのですが、私が彼女を思い出す時に頭に浮かぶのは、やっぱり森田に背中を向けて煎餅をポリポリ食べながらテレビを観ているイメージなのです。それが悲しい。

純子は処女専門のデリヘルで働いています。山田は彼女の客です。純子は不倫相手のことを山田に話します。不倫相手が森田とは知らずに山田はそれを聞き、奥さんに電話しろとアドバイス。そのうち、純子に惚れたからか、会っても何もせずに話を聞くだけになってしまいます。やがて、純子はデリヘルをやめます。処女じゃなくなった、という理由で。「そんなこと分かってるんだよっ!!処女じゃなくても会いたいんだよっ!!!」と支配人に怒りをぶちまける山田。…ですよね。


津川は特撮ヒーローのイエロー役で人気者になりました。撮影現場に二日酔いで現れた彼は、こわ~い社長の経営するプロダクションの新人女優にゲロをぶちまけてしまい、テレビ業界から追放されてしまいます。その後、舞台で仕事をすることになるのですが、そこでもまた女優にゲロをぶちまけます。それでも酒をやめられず、とうとう火のエレメンツで自分と家を焼いてしまいました。

その後、奇跡的に助かった彼は新興宗教に入り、ナンバーツーまで上り詰めます。その新興宗教の施設によく来る山田。彼は仕事で溜まりに溜まった負のオーラを浄化してもらっているのです。女性信者にすれすれのところまで手をかざされるのがたまらないんだとか。う~ん、やらしい。


津川は女性信者に山田の浄化を任せてトイレに行きます。そして、トイレで用を足している時、首にぶら下げている教団で二番目に大きな玉を落としてしまいます。パニックに陥った彼は施設を抜け出して失踪。そして、四人の中で一番早く亡くなってしまいます。壮絶な人生です。津川が登場する時には必ずエレキギターが唸るロックなBGMが流れ、鈴木役の平原テツさんがマイクで北斗の拳千葉繁さん風のテンションの高いナレーションを入れるのです。それが可笑しくて可笑しくて…内容は悲惨なはずなのに。しまいにはBGMが流れ出すだけで反射的に笑ってました。


その津川が戻ってきました。製薬会社に入ってバリバリ仕事をして出世してきた鈴木と綺麗な妻との間に生まれた息子太郎として。よちよち歩きの太郎に目を細める山田と森田。太郎を演じているのは津川を演じていた用松亮さんなんですけど、本当に赤ん坊に見えました。


太郎は5歳に成長し、手品を友達の前で見せます。それは、手のひらに乗せたコインを棒にくっつけて消えたように見せる簡単なものです。手品を見た友達はタネを見破り、太郎よりもはるかに上手く手品をやってしまいます。その時、鈴木は太郎の友達に殺意を覚えました。これまで何でも器用にこなしてきた鈴木と不器用な息子太郎との間にうっすらと不穏な影が見えてきた瞬間でした。


15歳の太郎は、鈴木に態度の悪さを注意されると、鈴木の頭を殴ってつばを吐きかけました。そんな太郎を妻がかばうのを見て、鈴木はショックを受けます。


会社を定年退職した鈴木は、家に居場所がありません。必死に働いて買った家だというのに。そんな鈴木を山田はゲームセンターに連れて行きます。財力にものを言わせてパーッと金を使いたいのに、ゲームセンター内のあちこちにシルバー割の文字が目に付きます。帰りの電車で若者に席を譲られた鈴木は、憤慨しながら断ります。すると、若者は鈴木の頭を殴って逃走。自分には年寄りの自覚はないのに、周りから年寄り扱いされる憤り。鈴木はシルバー割のない若者向けのゲームセンターに通うようになり、そこで若者にボコボコに殴られて死んでしまいます。


鈴木の葬式の日に寝巻きのままでいる太郎を山田と森田は注意します。けれど太郎はどこ吹く風。太郎が音楽をかけると言って流した音声は、鈴木が太郎に暴力を振っているのを録音したものでした。
暗転して舞台と客席が一緒くたになった中で聞こえる、罵声と悲鳴と謝罪と人が殴られる鈍い音。それを聞いていると、私の中の感情が汚く散らばって、しばらくどう処理することもできませんでした。。


というのは、私の父親の思考回路と鈴木がよく似ているからなんですけど。興奮してくると自分がどれだけ苦労してきたか、どれだけ偉いかを家族に押し付ける。そういう人です。今でははいはいと適当に受け流せますけど。この作品では鈴木の嫌な面ばかりでなく、いろんな面を見せてくれたので、私も父親をもう少し労ろうという気持ちになりました。


鈴木の口から語られた鈴木の家庭しか知らなかった山田と森田は、鈴木の妻にいつから暴力が始まったか聞きます。暴力が始まったのは、太郎が15歳の頃から。太郎も一度は反撃したことがあったが、ずっと殴られ続けてきたとのこと。


葬式が終わると、鈴木の妻は妙なことを言い始めます。純子の言っていたことを。岩井秀人さんはこのシーンを鈴木の妻が認知症になったという意味で書いたそうです。すいません、違う意味だと思ってました。。


山田は年老いて、年金を繰り下げ受給にしている78歳になる前のお年寄りを狙う悪の組織の妄想に怯えます。森田はそんな山田を老人ホームに連れて行きます。自分がボケた時に老人ホームに連れて行ってくれる友達の存在って凄くありがたいですね。


山田は自分と他人の記憶の区別も付かなくなり、他人の記憶を自分の記憶のように喋るようになります。その様子は可愛らしいものではありますが、ちょっと怖い。


最後に若い頃の自分に戻って熱唱する「太陽と埃の中で」。アフタートークで、岩井さんはこの曲に決めたのはあの事件の前だと言っていましたよ。事件後もこのまま使うことにしたんだそうです。この曲がこんなに沁みるとは思いませんでした。

追いかけて 追いかけても つかめないものばかりさ
愛して 愛しても 近づくほど見えない


絶望的な歌詞なんですけど、思うようにならない人生を歩む男たちが肩を組んで楽しそうに歌っているのを見ると気持ちがほどけてきて、気が付けば笑いながら泣いていました。


正社員になって家庭を持ち、病気にならずボケもせずに家族に見守られながらポックリ死ぬ。今時これを実現できる人がどれだけ居るのでしょう。これは現代に生きる老若男女全てが観るべき作品だと思います。


年を取ることで記憶が衰える
体力も衰える、病気になる
できないことが増える
周りの人達が死ぬ
頼りにできる人がいなくなる

こういうことをどのように受け入れていくのか。私の答えはまだ出ていません。簡単に出るようなものじゃないでしょう。これから親や自分がそういう状態になれば分かってくるのでしょうか。今はただ、想像力を働かせて共感してみることしかできません。


この脚本はハイバイの劇団員や岩井さん自身や岩井さんの家族のこと、老人ホームでの取材などの実話が多いそうですが、男4人のこれだけ濃い人生をうるさくなく見せて客の心に深いものを残すというのは、並大抵の力量じゃできないと思いました。役者さんの演技も達者で、本当に数メートル先にある誰かの人生を覗き見ているようでした。観劇後しばらくは体の内側が焼け爛れたように熱くて、ヒリヒリする痛みと爽やかな心地よさを同時に感じていました。