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パンクな想像力

ヤン・シュヴァンクマイエル監督の書いた文章と「ファウスト」の制作日記の一部を紹介します。「シュヴァンクマイエルの世界」という本に載っていたものです。

シュヴァンクマイエルの世界

シュヴァンクマイエルの世界

私が最も気に入っているテーマのひとつ、実際にもっとも頻繁に取り組むテーマ、すなわち不正操作も、この子供のおもちゃからはじまっている。なぜなら、糸をもちいれば人形を動かせるだけでなく、個々の人形が演じる人物の運命も決定できる、ということが子供=人形つかいにはすぐにわかるからだ。

私は神を信じているのだろうか?
教会が説明するような意味では、確実にちがう。
だが、人間の運命が明確に決められているということは信じている。
私たちがたえず「不正操作」されていると確信している。
星に、遺伝に、自分の押し止められた願望に、社会に、
社会による教育に、広告に、あらゆる種類の抑圧に。
この「不正操作」に反抗しなければならない。
創作行為によって、魔術によって、反乱によって。
この反抗は自由への道だ。
だが、自由はそれ自体で存在しておらず、存在しているのは、自由を目指す解放だけなのだ。
しかし、この解放によって私たちが悲劇的な運命から逃れられるわけではない。
悲劇的な運命を筋の通ったものにしてくれるだけでしかない。
そして、生が十全で楽しいものに、なによりも意味のあるものになる。


この本を読み返していた時に、私は「ノケモノノケモノ」の創造主が作った生き物に人形のようにつなぎ目があったのは、生き物が創造主に操られる人形であることを示していたのかもしれないと思いました。私達は自分の意志で動いているつもりでも、自分以外の何かに「不正操作」されている場合が多いのかもしれません。3.11も人間の力ではどうにもできない「不正操作」です。そういう状況の中で少しでも運命の糸から外れて生きやすく生きるために必要なものが、ノケモノノケモノでは「自分の好きなこと」だったわけです。

それから、小林賢太郎さんが作品を作り、その作中では創造主が生き物を作り、創造主に作られたハラミヤが自分の物語を作るという構造がこの作品には隠されていたことに気づきました。これに劇場から出た観客が頭の中で作品の再構築をし、その影響を受けて自分の物語を作ることを含めると四重構造ですね。想像力が世界の壁をすり抜けて現実を変える糧となるまでの美しいリレーを発見して、ゾクッとしてしまいました。結構アナーキーなことしてたんだなあ。

「ノケモノノケモノ」には、「ロールシャッハ」や「うるう」、「P+」だけでなく、「振り子とチーズケーキ」から受け継がれているもの(一人の人間が想像力によって複数の世界を持つ)もあったということですね。本当にこの作品は今までの集大成だったんだなあ…。


賢太郎さんは目立たないところに大事なことを隠していることが多いと思うので、いつもそこに気をつけて見ているんですけど、これは盲点でした。