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夏の終わりの人食い鬼

先月「思い出のマーニー」を観に行きました。

喘息の療養のために育ての親の許を離れ、釧路の海沿いの町にやって来た杏奈。彼女はジブリ映画史上最も内向的なヒロインです。宮崎監督なら、絶対にこういう少女をヒロインにはしないでしょう。彼は少女の皮を被ったお母さんが好きなんですから、おそらくこういう少女の気持ちなんて分かりたくもないでしょう。


米林監督が巨匠二人には作れない映画を目指したのは、よかったと思います。おんなじことをやっても勝ち目はないですから。ただ、万人受けする内容ではありません。この映画には躍動感のある派手な動きはありませんし、トトロのように子供受けするキャラクターもいないので、小さな子供は退屈するでしょう。おしゃれで可愛いものが好きな女性に受けそうな要素もありませんし、大きいお兄さんたちが妄想を膨らませられる要素も少ないです。


  • 自分と同じ年頃の少女たちと夏祭りに行くのが面倒くさいし、引け目を感じる。
  • 自分が無力な子供なのは知っている。だから大人に嫌われないよう、いい子でいる。
  • 育ての親の愛や周りの人間の好意を素直に信じることができない。
  • 周りの人間を傷つけたり、心配させたりすることに対する自己嫌悪。


杏奈の内面の繊細な描写は、この映画の最大の魅力です。しかし、それは杏奈に近い年頃にならないと分かりませんし、杏奈以上の年齢になっても分からない人には分からないでしょう。私は凄くよく分かるのですが。


集団に馴染めず疎外感を感じている。自分と社会との折り合いをつけられない。そういう葛藤を全く経験していない人や、早い段階で悩んでも無駄だと判断し、すんなりと社会に入っていってしまった人。杏奈の言葉で言えば「輪の内側」の人には、杏奈は自己中で性格の悪い少女にしか見えないと思います。杏奈に共感できなければ、杏奈の育ての親の目線で観るという見方があります。彼らに関する描写は薄いですけどね。私は杏奈目線と親目線の両方で観ました。


マーニーは時空を超えて杏奈に寄り添ったのですね。祖母として。少女として。マーニーの心の中で凝り固まっていたものが、どのようにほどけていったかに注目して鑑賞するのも面白いかもしれません。マーニーには、杏奈の妄想が混じってる感じがしますね。それが療養先での人間関係ができていくにつれて、徐々に薄まっていくのも興味深いです。


まあ結局、この映画は「輪の外側」にいる人やいた人の傷を癒すためのものなんでしょう。個人的には、米林監督は思い切ってもっと萌えを追求してもよかったのでは、と思いました。それが滲み出たら、もっと映像に凄みがある作品になったのではないでしょうか。


外側にいることに甘んじている人間を情け容赦なく叩きのめすのが、山岸凉子先生の「八百比丘尼」かな。途中までの展開がこの映画と似ています(後味の悪い話が嫌いな人は読まないほうがいいです)。


私が「八百比丘尼」よりもこの映画に似ていると思ったのが、大島弓子先生の「バナナブレッドのプディング」です。主人公の心理状態を重視した主観的な世界観。夢と現実の交錯。ストーリー展開の飛躍。周囲の人間の優しさで世界の見え方が一変するラストシーン。何より、ヒロインの三浦衣良が杏奈に似ているのです。

バナナブレッドのプディング (白泉社文庫)

バナナブレッドのプディング (白泉社文庫)

この漫画は絵柄が可愛いし、作品中の生活がおしゃれで真似したくなるし、頼りになる素敵な王子様も出てくるので、読者の女の子に受ける要素はあります。しかし、この漫画の衣良もまた、「輪の外側」にいる少女です。彼女のことが理解できなければ、この漫画は不思議ちゃんが暴走してイケメンに助けられるよく分からない漫画でしかありません。

衣良は不思議な言動で周りから変人扱いされて密かに傷ついている高校生。彼女は唯一の理解者であった姉の結婚をきっかけに不安定になります。両親はそんな彼女を持て余し、精神鑑定しようかと相談しています。


転校初日の挨拶で、衣良はクラスメイトにこんなことを言います。

「きょうはあしたの前日だから………だからこわくてしかたないんですわ」

今の彼女には居場所がありません。だから、明日が来るのが怖いのです。


衣良の許へ夜毎訪れる人食い鬼は、彼女の他者への恐れと自分の性への恐れの象徴。そして、この厄介な怪物は杏奈の心にも棲み着いているのです。繊細で傷つきやすい面、純粋で夢見がちな面、身勝手で残酷な面、大人に気を遣って遠慮してしまう面。このくらいの年頃の女の子って、いろんな面を持っていてそれぞれが過剰なんですよね。外側にいるのってかなりエネルギーの要ることですが、それでも有り余るエネルギーがあるのです。喘息持ちの杏奈でさえも。


衣良の理想の男性は、うしろめたさを感じている男色家の男性。……いや、彼女は冗談で言っているのでなければ奇をてらっているのでもなく、200%本気でそう言っているんですよ。自分に自信がない彼女は、自分より立場が弱く自分を傷つけない男性の役に立つことで、なんとか社会との関わりを持とうとしているわけなんですね。ここへ峠に恋する奥上大地、兄の峠に扮して奥上と会う御茶屋さえ子、奥上の愛人新潟教授などが加わり、物語は複雑さを増していきます。


峠が男色家ではないことを知った衣良は、峠の家を出て、本物の男色家である新潟教授の家で暮らすことになります。しかし、彼女の心は満たされません。せっかく作ったあこがれのお菓子、バナナブレッドのプディングも美味しいと感じられません。やがて衣良は、峠を想う気持ちが募るあまり鬼に食われ、暴走し始めます。峠はそんな衣良を受け入れて、ミルクを飲ませて落ち着かせます。そして、「ぼくはきみが大好きだ。薔薇のしげみのところからずっとね」と言います。いい男だなあ。


大島弓子先生は食べ物の使い方が上手い漫画家で、この漫画の中でも効果的に使っています。バナナブレッドのプディングは男性(バナナ)と女性(パン)を刻んでぐちゃぐちゃにしてオーブンで焼いたお菓子(文章にすると卑猥だな)。ホットミルクは人をくつろがせ、頭に上った血を下げてくれます。


「思い出のマーニー」でのトマトの使われ方もよかったです。もともとジブリアニメは食べ物が美味しそうに見えることに定評があるのですが、今回は美味しそうに見えるだけでなく、物語の中で重要な役割を果たしていました。杏奈のトマトの切り方に育ての母がどんなふうに彼女を育ててきたかが表れているんですよね。


認めてもらえないと思っていたことを峠が受け入れてくれたことによって、衣良は明日を信じる勇気を得ました。生きることが怖くて仕方がなかった彼女は、自己完結した子供の夢の世界から大人の世界への一歩を踏み出します。ミルクを飲んで、「またあしたね」と言ってみるのです。私はこのシーンで毎回泣いてしまいます。


杏奈はマーニーを許すことで、自分は周りの人間に支えられて生きてきたのであり、決して一人きりじゃなかったことに気付き、自分を許すことができました。そして、心を開いて人と接しようと努力するようになります。ああ、杏奈がこんなに成長している…(´;ω;`)と親目線で観てしまいました。衣良には峠がいますが、杏奈はこれから、マーニーというライナスの毛布なしで育ての親との関係をやり直し、友達との関係を作っていくことになるんですね。頑張って欲しいなあ。両方とも母性に包まれて生まれ直す素晴らしいラストだと思います。


先日、「大島弓子にあこがれて」という本に載っていたレシピを見て、バナナブレッドのプディングを作りました。


12cmの耐熱容器2個分とレシピには書いてありましたが、うちにはそんな容器はないので、蛇の目型に2個分の生地を流し込んで湯煎焼きしました。蛇の目型は真ん中が筒状なので、思いのほか火の通りがよかったです。グラタン皿に流し込んで高温で焼いて、熱々のうちに食べてもいいかもしれません。


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こちらの醤油、もとい、カラメルソースをかけて食べました。食べたことがないのに懐かしい味。フレンチトーストのようでもあり、プリンのようでもあり、ケーキのようでもありました。男でも女でもなく、大人でも子供でもない衣良にぴったりのお菓子です。


さて、私もホットミルクを飲みましょうか。「またあしたね」と言えるように。