QLOOKアクセス解析

のぞき穴、哀愁

北九州芸術劇場で「のぞき穴、哀愁」を観てきました。
私が観た土田さん脚本の舞台の中ではこれが一番好きですね。今までに3回しか観たことのないにわかの意見ですけど。
後味ほろ苦いコメディです。奇抜な設定なのに、それぞれの立場や心の内の細かいところまで描写されていたので、リアリティが感じられました。濃いキャラクターばかりでしたが、全員違和感なく舞台上に存在していたのは流石だと思いました。

暗闇の中、男女の声が聞こえてきます。目が慣れてきても何も見えないほど暗いので、だんだん聴覚が鋭敏になってきます。男性は広報課の係長の湯河原、女性は部下の泉。彼らが会社の配管を通り抜けた先にあったのは、天井裏の隠し部屋。下手から微かな光が漏れています。そこには穴が空いており、それは広報課の上にあります。

この会社の2代目の社長は、息子ではなく違う人に社長の座を譲りました。それが今の社長です。天井裏の部屋にあるのは諜報課。社長が愛人の本多を課長に据え、会社をクビになった人間数名を集めて作った秘密の部署です。彼等はのぞき穴からこっそりと社内の動向を監視しています。
主なターゲットは二人。会社の創始者の孫である森村(2代目の息子)と、社長の娘で広報課に所属する楓。

他にものぞき穴はあるのに、お目当ての女子を覗ける広報課の上の穴ばかり熱心に覗く鮫島と轟。覗くだけでは飽き足らず、轟は泉のロッカーにセンザンコウのでかいぬいぐるみのプレゼントを入れ、鮫島は誰も居ない広報課に忍び込んで楓の机に抱きつき、ボールペンを盗みます。自分の妄想で頭がいっぱいで、自分の気持ち悪さに気づくことができていないのです。

片山は本多に気があるのですが素直になれず、事あるごとに本多が社長の愛人であることを責め立てます。

やがて、広報課の人々と森村に諜報課の存在がバレてしまいます。自分の後ろに森村が居ることに気づいた本多のリアクションが最高でした(笑)「ああ、森村さん」と普通に森村に話しかけてからのダイナミックな後退!ふみさん上手いなあ。森村は自分は今の社長にとって代わろうとは思っていないし、このことは誰にも言わないことを伝えます。社内での居場所がない森村に同情する諜報課のメンバー。

それから森村の居場所を作るため、諜報課と広報課による情報流し作戦が始まります。彼等の流す偽情報に踊らされ、社内は混乱していきます。作戦は思いの外順調に進みます。やっていることの善悪はともかく、誰かのために何かをやるとか、みんなで協力して一つのことに取り組み、その努力に結果が伴うということは、これほど人を生き生きさせるんですね。

アイドルに会う時のファンのように広報課の女子の訪問を喜ぶ鮫島と轟。泉も楓もにこやかに対応していますが、それ以上の進展はありません。当たり前ですけど。一方的な視線もプレゼントも本人が望まなければ暴力でしかないのです。そういうことをする人を好きになれるわけがありません。私は湯河原も無神経だけどこの人達も相当無神経だと思いました。

そればかりか、彼等は泉と楓の争いに利用されてしまいます。彼等は泉の言う「無意識に計算している」の意味が全く分からず、事態を把握できないないまま、それぞれお目当ての女子の肩を持ちます。この争いを鎮めたのが諜報課課長の本多。本多は女子二人を庇う鮫島と轟を「天然な女なんてこの世に居ない」「あんた達が居るから甘えるの」と一蹴。仲良くした方が都合がいいと分かった途端にコロッと態度を変える女子二人。
本多の「女はね、仲良くなくたって仲良くできるのよ」は名言。ですよね〜。本多のような大人の女性がいい女ぶって悟ったことを言うのもあるあるです。土田さんがこれだけ女性心理を知り尽くしていることに敬服せざるを得ません。女性特有のピリピリした雰囲気をよく作り出していると思いました。普通男性は女性のこういう面を知るのは嫌なもんじゃないかい?

作戦の効果が現れ、社長の信用はガタ落ち。反対に森村は常務に気に入られて食事に誘われるようになります。森村が社長になるまであと少しです。噂の威力って凄いなあ。会社や学校のような閉鎖的な場所では、とかくあることないことに尾ひれが付いて広まりやすいですよね。人は信じたいものしか信じないので、噂が真実かどうかなんて大した問題ではないんだよなあ。イメージは無責任な兵器です。人間関係がしっかりしてないと、簡単に崩れてしまいます。

森村は、自分が社長になったら協力してくれた人達のことを悪いようにはしないと言っています。
無神経で仕事ができない係長湯河原は、自分の待遇がよくなることを期待します。
過干渉な父親からの自立を考える楓と森村の仲も進展。
本多は社長と別れ、新しい人生を歩もうと思っていて、なんとなく片山といい雰囲気に。
このままハッピーエンドになることを願っていましたが…。

鮫島と轟は失恋します。鮫島は楓が自分以外の男性とくっついても何もできません。轟は泉に気持ち悪いと思われてもどうすることもできません。ただ見ていることしかできないのです。どんなに彼女のことを知っていても、愛していても、彼女とは何の関係もない。悲しい現実です。
片山も今のままじゃ本多と上手くいきっこないことに気づきます。
彼等は居ても居なくても同じ。幽霊のような存在です。
ずっと日陰者であり続け、覗く以外には何もしてこなかったこと。その代償は大きい。
穴の外に居なければ、光の中に居なければ何も掴めないのです。
3人が呆然と光の差す穴を見つめる姿がただただ切なかったです。

その後、会社に残っているのは諜報課の新人だった丸茂と広報課の泉。珍獣という共通の趣味を持つ二人は付き合っています。湯河原はクビになりました。楓も元社長の娘という理由で会社から姿を消します。それ以外の人達も多分、辞めたか辞めさせられたかのどちらかでしょうね。楓と連絡を取り合っているのか聞かれた泉は、連絡取り合うほど仲良くないことをさらっと告白。本当にその場しのぎの関係だったんだなあ…。
森村は丸茂と泉にのぞき穴をふさぐように頼みます。

人が良さそうに見える森村は、実はかなりの策略家なのでしょうか。森村が社長の座に就く目的のために彼等を利用して捨てたと考えると怖いですね。それとも立場が彼を変えてしまったのかしら。

絶望的なラストなのかもしれませんが、私は割とスッキリしました。社長が替われば諜報課の存在意義は自動的になくなるので、こうなるのではないかと思っていました。会社で正式に働かせてもらえることを期待するのは虫のいい話です。確かにこの状態はどん底ではあるけれど、後ろめたさを感じながら他人を覗き続け、決して当事者になることのできない状態よりはマシだと思います。消えてしまった人達には、しょぼくれて再び光の当たらない場所へ行くのではなく、穴の向こう側に出られたことを前向きに捉えて一からやり直して欲しいなあ。彼等が傷を舐め合いながらゆるく繋がっていた闇の共同体は壊れてしまいました。壊れた後の世界が過酷なものであろうと、未来が明るいものでありますように。

楓が父親のせいで森村と別れて退職せざるを得なくなったことは気の毒ですが、父親の影響が及ばないところで強く生きて欲しいです。まあ、私より何十倍も女子力の高い彼女のことですから、きっと大丈夫でしょう。

先日拍手ボタンを押してくださった方、ありがとうございましたm(_ _)m